河川敷でボールを蹴る人、フットサル場でプレーを楽しむ人、クラブや部活で一生懸命にトレーニングする人、50歳を越えても尚蹴り続ける人。何十万人、何百万人を数えるすべてのボール蹴りの、頂点に立つ11人。
あの場所で肩を組んで横に並び、国歌斉唱を聴くことができるのは、まさに選ばれた11人だけ。お前ら本当にすげえなと、いつも1人のボール蹴りとして身震いしながら、スタジアムで国歌斉唱の時を過ごしている。
批判はガソリンだそうだ。自尊心を傷つけられ、何クソと奮起する。アドレナリンが出て、火事場の馬鹿力を出す。自分にも覚えがないわけではない。
ただ、我々が出すアドレナリンを1としたら、あそこに立つ11人は、百倍、千倍、万倍のそれが沸き立つのかもしれない。反骨心の量が違う。
だからこそ、日本代表として、あの場に立っているわけだ。
まして10年以上もそこに居続けた選手なら尚更。試合の序盤、長友佑都から鬼気迫るプレッシャーを感じながら、そんなことを思った。いや、彼は11人の中ですら、特別か。
献身的なふたりのサポート
後半15分辺りで中山雄太と交代するとわかっているからこそ、出し惜しみなくフルパワーで行けた面もある。つまらない判押し采配も、今回は後押しだ。
1対1や球際の競り合いも普段以上だったが、攻撃面でも左足のビルドアップがいつになく積極的だった。クロスは……正直イマイチだが、彼の反骨心は状況判断も向上させていた。
そんな大ベテランを、守田英正や田中碧も陰からサポートしている。
前半は守田が左インサイドハーフ、田中が右インサイドハーフでスタートしたが、後半は逆に入れ替えた。元々、この2人は流れの中で自然と立ち位置が入れ替わることが多いが、今回は意図もあったそうだ。
守田と田中の関係を整理すると、田中はより後方からボールを動かすことに長け、守田はより高い位置へ潜って間受けや飛び出しに絡むのが得意。3ボランチとはいえ、横並びで攻撃を停滞させないよう、守田が前寄り、田中が後ろ寄りと、個性に基づくバランスの基準があったらしい。
周囲を活かすプレーで活性化
ところが、このサウジアラビア戦は、左サイドで長友が積極的に高い位置を取った。南野拓実も、大迫勇也へのマークを牽制するためか、中へかなり接近し、逆サイドへ飛び出す場面もあった。
この状況で守田も左インサイドハーフで高い位置を取ると、彼らとポジションが重なる。実際に前半は、南野と守田が立ち位置を被らせる場面が、やや目についた。
そこで、守田と田中が左右を入れ替える。
左サイドへ移った田中は、高い位置を取る長友や、中へ行く南野を後方からコントロールする。一方で右サイドへ移った守田は、伊東純也の周囲をかく乱。
この試合、長友とのバランスを調整するように、右サイドでは酒井宏樹が低い位置に留まったため、右インサイドハーフは高い位置でプレーする守田のほうが、攻撃を動かしやすい。
覚醒する長友や南野の陰で、守田と田中が立ち位置を変えながら、黒子としてチームのバランスを整えていた。守田によれば、今回の代表活動では自分のパフォーマンスを出すだけでなく、周囲の能力を生かすことを特に意識したそうだ。頼もしい限り。
インサイドでプレーした原口
守田や田中に定位置が与えられていない段階では、彼らにそこまでの期待は出来なかっただろう。選手が最初に意識するのは、自分が良いパフォーマンスをし、ポジションを奪うことしか無いからだ。
ところが、信頼して起用され続けると、レギュラーとして落ち着いた選手は、視野を広げ、チームを多面的に見てくれる。
この試合、ストーリーの主役は長友だった。しかし、黒子の活躍も渋かった。2人のインサイドハーフは、もはや欠かせない心臓だ。
後半45分に交代した原口元気が、右インサイドハーフに入ったときは、オオッと(おそらく本コラムの読者の皆さんも)思ったが、守田&田中の牙城を崩すのは容易では無い。もちろん、頑張って欲しいが。
負けられない豪州戦
このサウジアラビア戦、世帯視聴率は20%を記録したそうだ。心を動かす“何か”はあったと思う。
やはり試合はストーリーが肝。「生きるか死ぬか」「これでダメだったら代表は終わり」とまで覚悟を決めて、長友が臨んだ試合。そのストーリーが中国戦からの報道の流れで、一般の視聴者などライトファンにも伝わっていた。これは大きい。
起承転結の“転”に位置する試合だった。長友のうっちゃり成功。
ただし、まだ最終予選は終わっていない。“結”がどうなるか。意地悪な脚本家なら、これでハッピーエンドと皆に思わせておき、グロテスクな“結”を用意するかもしれない。
実際、状況は思ったほどは良くない。次戦でオーストラリアに敗れると、日本は得失点差で劣るため3位に後退し、自力突破が消えた状態で最終節を迎えることになる。その場合オーストラリアは消化試合濃厚のサウジアラビアと戦うため、勝ち点3を積みやすく、日本にとっては不利だ。
次戦オーストラリア戦は、勝てば突破決定。引き分けでもかなり優位で、ほぼ突破決定と言っていい。ところが負けると、思った以上に不利な状況へ追い込まれる。
しかもアウェー戦だ。オーストラリアは昨年10月まではコロナ防疫のため、ホーム開催を取りやめ、中東で開催したが、既に11月からはシドニーやメルボルンでのホーム開催に戻している。つまり、欧州組の選手たちは地球の点対称、超・長距離移動を強いられるわけだ。芝の状況も不透明。
だが、そんなモノは全部振り払い、次戦オーストラリアの地では、ベタな“結”を描きたいものだ。(文・清水英斗)
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