淡々と穏やかに、三笘薫は答えてくれた。
「自信はないですね。まだ活躍するイメージも全然沸いてないです」
カタールワールドカップの抽選で、日本はドイツやスペインと同組になった。今回、レジェンドスタジアムのインタビューで、強豪と戦うことになった感想を聞いたところ、「自信はない」とあっけらかん。今を時めくキレッキレのドリブラーにしては、やけに謙虚というか、斜め下の回答に拍子抜けした。
ただ、この脱力感がいかにも三笘らしい。突破力に長けたドリブラーにありがちな「向こう見ず感」がない。現実に対し常に中庸。インタビューの受け答えも温和かつ理知的で、およそ相手を不快にさせることが無さそうな穏やかな人柄だった。
ピッチ外はまさに優等生。一方、ピッチ内では相手が嫌がることばかりをする。ワールドカップ出場を決めた最終予選オーストラリア戦の2点目とか、2点目とか、2点目とか。みんな「1-0キープでしょ」と思い込む中、きびすを返してカットインし、ダメ押しのゴールを挙げた。単なる良い子には決められない、狡猾なゴールだった。
予定調和をぶち壊した瞬間を、本人はこう振り返る。
「僕自身もギリギリまでボールキープするか迷っていましたけど、自分の身体もフレッシュだったし、前へ行って、やり切って終わったほうがリスクも無いなと感じて、直感的に前へ行きましたね」
チームメイトからは「最後持ってったな、お前!」と手荒い祝福を受けたそうだが、三笘は「まあでも、持って行きたいくらいの感じで試合に入ったので、それはもう仕方ないと思います」とはにかんだ。控えめな野心が彼らしい。
遅咲きのドリブラー
その静かな個性が、サッカー小僧系のドリブラーとは異質なものに感じられるのは、彼自身が「遅咲きのドリブラー」であるせいかもしれない。1対1のスピード溢れる突破力を武器とする三笘のウインガースタイルは、大学時代に磨き上げたものだ。ユースまではボランチ等の中盤でプレーすることが多かった。
決してドリブル一辺倒ではなく、パスやコンビネーションなど選択肢の使い分けに「も」長けた三笘だが、「も」というより、元々その素養がある中、むしろ1対1のドリブル特化のほうが後付けだった。ドリブラーとしては珍しいタイプだと思う。
ただ、後付けの強みなのか、感覚ではなく分析的に意識して積み上げた部分が大きいため、変わりゆく状況への適応力が高い。
今季は欧州へ移籍し、ベルギーのユニオン・サンジロワーズでプレーしたが、早いタイミングで深く飛び込む相手DFに対し、早めの間合いで仕掛けるなど駆け引きを調整し、すばやくフィットした。初年度からリーグ戦7ゴールと、上々の結果を残している。
「突破を一つ見せると、相手も距離を作らなければいけなくなってくるので、試合の最初のほうでその脅威を見せるのが大事だと思います。それによって自分も自由が効くようになるので、そこに持ち込めば自分のリズムになっていく。逆にどんどん飛び込んでくる相手のほうが難しいところはありますけど、その分オフザボールでかわしたりもできるので、駆け引きの材料にするためにも、最初にどれだけ脅威を見せられるかが大切になってきます。特に海外の選手は飛び込むタイミングが早く、『こいつやるな』と思わせることで、飛び込んで来なくなるので、最初に脅威を見せることがより一層大事かもしれません」
早い段階で脅威を見せ、「こいつやるな」と思わせる。これはドイツ戦、スペイン戦でも駆け引きの重要なポイントになるかもしれない。
ベルギーでの成長
ドリブルだけでなく、サンジロワーズでは中心的な約束事である球際の守備やスプリントも、「やらなければ試合に出られない雰囲気がある」「これが自分を成長させる要素」と考えて取り組んだ。
三笘は[3-5-2]のウイングハーフで起用されたため、川崎時代のようなショートカウンターでゴール前に出没する回数は減ったが、一方で「低い位置からのスタートなので、スプリントしたときに相手が付きづらそうにしている印象はありました」と、新しいポジションの攻撃的な利点も捉えつつプレーした。
こうした状況の観察力、適応力は三笘の大きな長所だ。「状況をうまく活用する」という意味では、前述したオーストラリア戦の2点目もそう。仕掛けに転じた判断も狡猾だったが、加えて、シュートをグラウンダーで転がしたのも好判断だった。
「雨のピッチでは低めのシュートのほうが良いなと直感的に思っていましたし、レベルの高いGKになるほど、上のほうは入りにくくて、下の方が結構入りやすいと、プロに入ってから成功体験として感じていました。大学とプロのGKの差もありますし、低めに抑えてシュートすると、こぼれ球になる可能性も高いので、とにかく枠に入れることは大学の頃よりも大事だなと実感しています」
状況を見る即興的な観察眼と、成功体験によるセオリーの蓄積。この2つをミックスしてプレーすることが、三笘は非常に巧みだ。
ワールドカップで活躍する自信は?
それはドリブルも同様。相手や状況をよく観察して選択肢を決める一方で、「こうキックフェイントすれば相手は止まるはず」「こう仕掛ければ相手の両足が揃いそう」と、先手を取って仕掛ける。「結構セオリー的に決めつけてやるプレーも多いですし、自分の中での成功体験に基づいてやっているというのもあります」と彼自身は語る。
エリアにより、相手の構えにより、状況により、どんなボールの置き方をするか、どんな仕掛け方を選ぶか。
何でも観察ばかりしていると、プレーが遅れるなどタイミングを逃すこともあるが、成功体験に基づくプレーは、迷いなく、早い。一歩先の未来へ向けてプレーできる。この判断要素の絶妙なバランスが、三笘の真骨頂なのだろう。遅咲きのドリブラーならではの理知性だ。
ワールドカップのドイツ戦やスペイン戦について、「自信はない」「まだ活躍するイメージも全然沸いてない」と答えた三笘だが、「本大会までに個人としてもどれだけ成長できるかが鍵」とも言っていた。裏を返せば、たった半年でも成長できると、その余白に自信があるからこそ、「(今はまだ)活躍するイメージがない」と飄々と答えたのかもしれない。
ワールドクラスになるために
成長の余白。その一つはシュートだ。
三笘はエリア内に入り込んでフィニッシュに絡むのがうまい。典型的な場面は、オーストラリア戦の1点目だ。上田綺世の動きを見つつ、彼がファーへ行ったのでマイナス方向へねらいを定め、さらに走り込むタイミングも早すぎると相手に見つかるので、ギリギリまで溜めた。
助走のアプローチも、少し角度を膨らませることでシュートを広角に打ちやすくしている。三笘のゴール前の駆け引きは絶妙で、この感覚はベルギーで挙げた7得点にも生きている。
一方で三笘自身が課題の一つに挙げるのは、ミドルシュートだ。
「シュートに持ち込む形、引き出しは多いほうだと思います。出来るだけ確率の高いゴールにするために、色々な技を磨いて今があるので、そのおかげでゴール近くで得点する回数が増えていると思います。もちろん、確率の高い簡単なゴールに持ち込む引き出しだけでなく、難しいエリア外のシュートもこれから身につけていかなければいけないですけど」
あのゴール前の駆け引きと、ドリブル突破力に加えて、エリア外からも射抜くことができれば、いよいよワールドクラス。スプリント等のプレー強度を含め、成長の余白は大きい。遅咲きの彼には、まだ多くの蕾がある。今いちばん、わくわくさせてくれる選手だし、半年後はもっと大きくなっている気がする。期待しかない。(文・清水英斗)
写真提供:getty images