史上もっともコンパクトな大会を取材して見えた、各ラウンドにそびえ立つ壁と日本代表の課題

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第183回

史上もっともコンパクトな大会を取材して見えた、各ラウンドにそびえ立つ壁と日本代表の課題

By 清水 英斗 ・ 2022.12.19

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史上もっともコンパクトなFIFAワールドカップは、アルゼンチンの優勝で幕を閉じた。


初戦で彼らがサウジアラビアに敗れた衝撃の試合が、昨日のことのように思い浮かぶ。あそこから、大復活を果たすとは。1戦目で負けたチームが優勝までたどり着くのは、2010年のスペイン以来、史上2チーム目の快挙だった。


FIFAワールドカップはクレイジーな祭りだ。敗れたチームは大粒の涙を流し、勝ったチームは歓喜の輪を作る。今日は天国、明日は地獄。それでも選手は明日のことなど考えず、怪我も恐れず、すべてをかけて戦う。最後の1ミリまで足を伸ばして。


その姿はプロ選手の試合ではなく、まるで高校サッカー選手権を見るかのような錯覚を起こす。サポーターも含めて、熱狂的なだけでなく、どこか怖いほど刹那的で。


そんな打算のない勝負の世界に、青少年ではなく、すでに大金を稼いできた世界最高峰のプロサッカー選手が、国という自らのアイデンティティをかけて挑むところに、改めてFIFAワールドカップの真髄を感じている。


コンパクトな大会


こうしたリアルな実感を得ることが出来たのは、『コンパクトなワールドカップ』のおかげかもしれない。現地の空気を感じつつ、大会全体も見ていくことは、これまでの大会では非常に難しかった。


FIFAワールドカップの現地取材は、深く、狭くが基本だ。都市間の移動に多大な時間を要するため、たくさんの試合をカバーすることが現実的ではない。


日本代表に付きっきりになるか、あるいは他に何らかのテーマを持って取材するか、あるいは日本でコタツに入るか。個人的には、2006年は世界最貧国であるトーゴに密着し、2010年は南アフリカの現地文化に入り込んで取材。2014年は日本の対戦国を追いかけるといったテーマで、深く、狭く、FIFAワールドカップを経験してきた。


ところが、今回はドーハ集中のコンパクトな大会だったため、これまでとは異なり、グループステージから多くの試合を取材することができた。筆者は現地で体調を崩して20試合程度の取材に留まったが、30試合を取材した強者もいる。


これは珍しい経験だった。おかげで大会全体の様子をリアルタイムで把握しやすく、グループステージ、ラウンド16、ベスト8、ベスト4、それぞれの壁というものが何となく見えてきた。もちろん、その景色が見える場所まで、日本代表が連れてきてくれたことは、言うまでもない。


大切な一体感


グループステージを突破するために大事なことは、あまり大事とは思われていないかもしれないが、チームが一体感を持って大会に入ることだ。


決勝ラウンドまで勝ち進む頃には、勝っているチームは自然とまとまっていくものだが、グループステージの初戦、あるいはアルゼンチンのように初戦で負けた後に復活の試練を課されたとき、いかにチームが一体感を持てるかが重要になる。


柔軟性も必要だ。グループステージの組み合わせは半年前に発表されるので、各チームが半年をかけて入念に対策を練ってくる。


日本で言えば、ドイツとスペインの試合を想定したハードワーク派に振り切った26人を、予め選んでいた。それがスタンダードだ。戦術的な優位性を、相手のアジャスト戦略によって中和されたとき、それでも圧倒的に上回る個の力がなければ、強豪国でさえ突破は危うい。


日本は今後の4年間で「主導権」がテーマになりそうな雰囲気が、選手の言葉からは感じられる。


しかし、それをある程度出来たと自信を持ったとき、FIFAワールドカップでは「アジャストされる側」に回ることを忘れてはならない。ドイツやスペインでさえ、一辺倒では上まで勝ち進めなかったことを。日本もコスタリカ戦はアジャストされる側になり、苦戦したので、今後の学びになるはず。


必要なPK戦の準備


グループステージを突破して臨むラウンド16は、主に2種類のチームに分かれる。


一つは、グループを1位で突破したガチの強豪。もう一つは、2位突破のチームだ。日本とスペインのように位置がひっくり返ることもあるが、基本的には1位突破の強豪が、2位突破のチームを大差で叩く試合が多かった。


しかし、今回の日本は首位突破だ。ベルギーの陥落もあり、相手にアジャストする力に長けたクロアチアとの対戦になった。


アジャスト同士の対決になると、試合がこう着してディテールで勝敗が決まりがちだが、日本はPK戦の準備でクロアチアに遅れを取った。準備すればPK戦に勝てる、とは言えないが、準備しなければ勝てない。


久保建英や酒井宏樹などのコンディションが整わない選手を、望むだけ起用できなかったことも痛かった。また大迫勇也のように、ロングボールからでも時間を作れるポストプレーヤーがいないことも響いた。欧州組が増えたとはいえ、実際のところ、まだ戦力は心もとない。


魅力的な準々決勝


とはいえ、前半の日本は出来が良く、どちらかと言えば、アジャストしたのはクロアチアの側だ。さらに勝ち切る力か、充実の戦力か、あるいはディテールの抜け目無さがあれば、日本が勝っていただろう。


直近4大会で3度、ラウンド16にたどり着き、うち2回はPK戦。もう日本は充分、ベスト8に行く力がある。そこをねらうなら、単純に確率を高めるだけでいい。


ただし、次の壁。準々決勝で勝ち、ベスト4をねらうとなると、別次元の課題が必要になる。


相手は十中八九、ガチの強豪国だ。大会全体を振り返っても、この準々決勝がもっとも魅力的かつ、質の高さ、スタイルの幅広さなど、中身が詰まった見応えのある試合が多かった。


同時に、ここを越えるのは相当難しいとも感じた。日本で話題になっているラウンド16の壁は、実は大した壁ではないと思う。準々決勝の高さを実感した今となっては、そう言うしかない。


キーワードはプレス回避


準々決勝を越えるには、個の力が全然足りない。主導権を握る力も全然足りない。


森保ジャパンに限らず、過去の日本代表はハイプレッシングを受ければ、必ず主導権を手放してきた。西野ジャパンも、ハリルジャパンも、ザックジャパンもそこは変わらない。


日本がポゼッションすると言っても、その大半は相手がブロックを敷いた場合だ。相手のプレッシングの意志次第で、簡単に手放してしまう主導権は、本物の主導権ではない。『プレス回避』は、今後4年間の一つのキーワードだろう。


これは個の力にも通じる話だ。鎌田大地は、選手個々がチャンピオンズリーグ出場級のビッグクラブにキャリアアップする必要性を説いたが、その個人に関する意識と、堂安律や守田英正らが掲げる「主導権を握りたい」というチーム戦術の意識はリンクする。


つまり、相手にプレスをかけられて、それでも主導権を握ろうと考えるのは、大抵はビッグクラブになる。中堅以下のハードワーク型クラブに所属していれば、基本的に主導権を握ることは重視されない。中堅クラブでも主導権志向を持つことは稀にあるが、多くはビッグクラブと言っていい。


普段はビルドアップに重きを置かない守備的クラブでプレーしながら、日本代表に来たときだけ、攻撃的にやろうというのは難しい。形だけ真似しても、日頃からプレス耐性を身につけていないので、緊張感のある試合では化けの皮が剥がれてしまう。


川崎出身組に感じた可能性


その意味では、川崎出身の選手たちには、まだプレス耐性が残っていたと思う。特にドイツ戦の三笘薫のボールの持ち方には度肝を抜かれた。


ドイツの選手に対し、棒立ちでボールをさらし、来いよ、来いよと、わざわざ2人目が来るのを誘って、その間にボールを浮かせた。「(プレスに)来た!」という認知ではなく、彼の中では「来いよ、来いよ」の認知になっている。なんて高慢ちきなボールの持ち方だ。君はブラジル人か? と驚いた。


ただ、そうした「来いよ」感覚は重要だと思う。


8月に田中碧をインタビューしたとき、彼はハイプレスに対するビルドアップについて、「相手の心を折る戦い」と表現していた。相手がボールを追うのを、諦めるまで回してやる。そのメンタルの戦いだと。


今大会でも三笘や守田だけでなく、突発的に出場した谷口彰悟や山根視来も含め、彼らはブレないポゼッションの安定感を見せていた。やはり王者のスタイルを極めた選手だけが持ち得るプレス耐性は、必ずある。


それを世界最高峰の個の力と共に、つまりチャンピオンズリーグ出場級のクラブで身につけることが出来れば。そして、その選手が日本の主軸になれば、いよいよベスト4が見えてくる。


頂はいまだ遠い


準決勝以降は、さらに別次元の戦いだった。


準決勝にたどり着いた時点で、ほとんどのチームはぼろぼろになっていた。クロアチアもモロッコも疲労困憊で、怪我人だらけ。ここでは層の厚さと、それまでの勝ち上がり方が問われる。


最後はコンディションと、気持ちの勝負だ。それまでの勝ち上がりで比較的疲労を抑えられたかどうか。また、ベンチの選手はスタメン組と遜色のないプレーが出来るか。


アジャストする戦い、PK戦や延長戦を繰り返したチームは、どうしても疲労の色が濃くなってしまい、そうしたチームは概して層が薄い。ここは大きなポイント。


ベスト4から優勝も、また一段高い壁があると感じた。とはいえ正直、まだ雲がかかっていて見えない部分もありそうだが。


クレイジーな雰囲気に包まれて1カ月を過ごしながら、尚且つ、全体も見ることが出来たFIFA ワールドカップ カタール 2022。こんな大会は最初で最後になるかもしれない。


次回はアメリカ、カナダ、メキシコの3カ国開催だ。超・コンパクトな大会から、超・ワイドな大会になる。移動は過去一で苦労しそう。大会全体など、とても見ていられない。一方で参加国は48に増え、初出場を果たす国の名前は一気に増えるはず。また密着しちゃう?


それも含め、3年半後はどうやってワールドカップを楽しもうか。とはいえ、正直に言えば、今は疲れも溜まっているので、未知のワクワクが3割、想定される移動のげんなり感が7割だ。コンパクトからワイドへ、気持ちの切り替えが難しい!(文・清水英斗)


写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『日本サッカーを強くする観戦力』、『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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