昇格組や、昨季に残留を争ったクラブが上位を占める2016-17シーズンのブンデスリーガ。ライプツィヒ旋風の陰にいるが、今季は長谷部誠が所属するフランクフルトも、18節終了時点で3位と健闘している。総失点をバイエルン・ミュンヘンに次ぐ15に抑え、守備面のパフォーマンスが光る。
驚きを与えた要因の一つは、ニコ・コバチ監督の手腕だろう。それを紐解く上で『3バック』はキーワードになる。
フランクフルトの用法では、対戦相手が2トップの場合は3バック、1トップの場合は4バックと、相手に合わせて明確にシステムを使い分ける。そのねらいは、センターバックが相手FWに対し、1枚の数的優位を得るためだろう。ただし、それは後方に1枚のカバー役を備えるスイーパーの考えとは異なる。
フランクフルトは相手ボールがサイドへ出たとき、3バックの中央と、左右どちらかのDFが、真ん中にいる相手FWを前後に挟み込むポジションを取る。そして、クサビのパスや、ニアサイド側へのスルーパスは、前方に立ったDFが積極的にインターセプトを行う。1枚の数的優位は、より良い形でボールを奪うために、意図的に作られている。
ポジショニングと出足の良さが光る長谷部
177cmと小柄な長谷部が3バックの中央で起用されるのは、そういう理由だ。1対1の球際に強いだけでなく、ポジショニングとインターセプトの出足が良いDFでなければ、フランクフルト式3バックは成り立たない。
長谷部の特徴は守備面だけでなく、ビルドアップにも生きる。最終ラインを3枚にすると、DFが前を向いてボールを持ちやすい。フランクフルトは長谷部を含め、左DFのバジェホ、右DFのアブラハムともにドリブルで中盤へ持ち運ぶプレーができるため、最終ラインの数的優位が生きる。
さらに長谷部が印象的なのは、3バックのビルドアップ時に味方の中盤が空いたとき、積極的に前へ出て、ボランチのようにパスをさばくことだ。相手FWを後ろに置き去りにするため、ミスをしたときは恐いが、仮にそうなっても、残ったバジェホやアブラハムがさらに前へ出て、相手FWをオフサイドに仕留めてしまう。
フランクフルトの対戦相手はオフサイドにかかる回数が多い
18節シャルケ戦では相手のオフサイドが7回に対し、フランクフルトは1回。17節ライプツィヒ戦は相手が5回、フランクフルトは0回。同様に16節マインツ戦も、5回と1回。15節ヴォルフスブルク戦は4回と3回で接近したが、14節ホッフェンハイム戦は、6回と2回。13節アウクスブルク戦は、4回と2回。対戦相手が引っかかったオフサイドのほうが、常に多い。
これも、小柄な長谷部が3バックの中央でやっていける理由の一つだ。ラインをある程度の高さに保ち、オフサイドを積極的に取るので、ペナルティエリア内に押し込まれる回数を減らすことができる。空中戦や球際のウイークポイントを、戦術で緩和したのだ。
もちろん、そのためには前線や中盤がしっかりと相手を追いかけ、ボールの出処にプレッシャーをかけ続ける必要はあるが、その点も抜かりはない。
高い機能性を備えたフランクフルト
とはいえ、万能の戦術は存在しない。小柄な長谷部を起用した3バックが機能するのは、最終ラインの高さとオフサイド戦術により、中盤で多くのプレーを展開できるからだ。裏を返せば、対戦チームはそこを攻略すればいい。
ラインを下げさせ、深い位置へ押し込み、クロスの雨を振らせてパワー系FWを突撃させる。そうなれば、フランクフルトの守備はひとたまりもない。
たとえば、対戦チームの2トップが距離を取り、片方のFWがサイドへ流れると、フランクフルトの3バックはコンパクト性を保ちづらくなる。そのすき間へ、後方から中盤やDFが飛び出せば、フランクフルトのMFはマンツーマンで付いて下がるしかない。
そうすると、仮にそこでマークを剥がせなくても、フランクフルトの選手を深い位置へ押し込むことは可能になる。崩せていなくても、外からクロスを入れてパワー系選手を飛び込ませれば、脅威を与えるだろう。
ただし、フランクフルトにはオプションがある。控えにいる、193cmの長身DFマイケル・ヘクターだ。相手に押し込まれる展開になりそうなら、ヘクターを3バックで起用することも可能だ。その場合、長谷部はボランチに入る。
長谷部の存在が戦術に幅をもたらす
3バックと4バックの併用を含めて、柔軟な采配が可能になるのは“ミスター・ユーティリティ”長谷部の存在が大きい。3バックの中央やボランチに留まらず、ヴォルフスブルク戦では右ウイングハーフのDFティモシー・チャンドラーを出場停止で欠き、代わりに長谷部が入った。
高さ、強さ、速さ、巧さ。いずれにおいても「帯に短し・たすきに長し」の印象を与えがちな長谷部だが、しかし、帯でもたすきでも働ける長谷部だからこそ、ニコ・コバチの柔軟な采配が成立したとも言える。
ビッグクラブとは予算の差があるフランクフルトが、順位テーブルをひっくり返すためには、通説通りの評価で選手を見るわけにはいかない。優れた戦術家は、埋もれた選手を再評価し、新たな色に輝かせる。
戦術に長けた次世代の名将が演出するサプライズ。今季のブンデスリーガは、そんなところが実に面白い。(文・清水英斗)
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