好調フランクフルトのセンターバックに、小柄な長谷部誠が起用される理由

COLUMN清水英斗の世界基準のジャパン目線 第35回

好調フランクフルトのセンターバックに、小柄な長谷部誠が起用される理由

By 清水 英斗 ・ 2017.2.3

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昇格組や、昨季に残留を争ったクラブが上位を占める2016-17シーズンのブンデスリーガ。ライプツィヒ旋風の陰にいるが、今季は長谷部誠が所属するフランクフルトも、18節終了時点で3位と健闘している。総失点をバイエルン・ミュンヘンに次ぐ15に抑え、守備面のパフォーマンスが光る。


驚きを与えた要因の一つは、ニコ・コバチ監督の手腕だろう。それを紐解く上で『3バック』はキーワードになる。


フランクフルトの用法では、対戦相手が2トップの場合は3バック、1トップの場合は4バックと、相手に合わせて明確にシステムを使い分ける。そのねらいは、センターバックが相手FWに対し、1枚の数的優位を得るためだろう。ただし、それは後方に1枚のカバー役を備えるスイーパーの考えとは異なる。


フランクフルトは相手ボールがサイドへ出たとき、3バックの中央と、左右どちらかのDFが、真ん中にいる相手FWを前後に挟み込むポジションを取る。そして、クサビのパスや、ニアサイド側へのスルーパスは、前方に立ったDFが積極的にインターセプトを行う。1枚の数的優位は、より良い形でボールを奪うために、意図的に作られている。


ポジショニングと出足の良さが光る長谷部


177cmと小柄な長谷部が3バックの中央で起用されるのは、そういう理由だ。1対1の球際に強いだけでなく、ポジショニングとインターセプトの出足が良いDFでなければ、フランクフルト式3バックは成り立たない。


長谷部の特徴は守備面だけでなく、ビルドアップにも生きる。最終ラインを3枚にすると、DFが前を向いてボールを持ちやすい。フランクフルトは長谷部を含め、左DFのバジェホ、右DFのアブラハムともにドリブルで中盤へ持ち運ぶプレーができるため、最終ラインの数的優位が生きる。


さらに長谷部が印象的なのは、3バックのビルドアップ時に味方の中盤が空いたとき、積極的に前へ出て、ボランチのようにパスをさばくことだ。相手FWを後ろに置き去りにするため、ミスをしたときは恐いが、仮にそうなっても、残ったバジェホやアブラハムがさらに前へ出て、相手FWをオフサイドに仕留めてしまう。


フランクフルトの対戦相手はオフサイドにかかる回数が多い


18節シャルケ戦では相手のオフサイドが7回に対し、フランクフルトは1回。17節ライプツィヒ戦は相手が5回、フランクフルトは0回。同様に16節マインツ戦も、5回と1回。15節ヴォルフスブルク戦は4回と3回で接近したが、14節ホッフェンハイム戦は、6回と2回。13節アウクスブルク戦は、4回と2回。対戦相手が引っかかったオフサイドのほうが、常に多い。


これも、小柄な長谷部が3バックの中央でやっていける理由の一つだ。ラインをある程度の高さに保ち、オフサイドを積極的に取るので、ペナルティエリア内に押し込まれる回数を減らすことができる。空中戦や球際のウイークポイントを、戦術で緩和したのだ。


もちろん、そのためには前線や中盤がしっかりと相手を追いかけ、ボールの出処にプレッシャーをかけ続ける必要はあるが、その点も抜かりはない。


高い機能性を備えたフランクフルト


とはいえ、万能の戦術は存在しない。小柄な長谷部を起用した3バックが機能するのは、最終ラインの高さとオフサイド戦術により、中盤で多くのプレーを展開できるからだ。裏を返せば、対戦チームはそこを攻略すればいい。


ラインを下げさせ、深い位置へ押し込み、クロスの雨を振らせてパワー系FWを突撃させる。そうなれば、フランクフルトの守備はひとたまりもない。


たとえば、対戦チームの2トップが距離を取り、片方のFWがサイドへ流れると、フランクフルトの3バックはコンパクト性を保ちづらくなる。そのすき間へ、後方から中盤やDFが飛び出せば、フランクフルトのMFはマンツーマンで付いて下がるしかない。


そうすると、仮にそこでマークを剥がせなくても、フランクフルトの選手を深い位置へ押し込むことは可能になる。崩せていなくても、外からクロスを入れてパワー系選手を飛び込ませれば、脅威を与えるだろう。


ただし、フランクフルトにはオプションがある。控えにいる、193cmの長身DFマイケル・ヘクターだ。相手に押し込まれる展開になりそうなら、ヘクターを3バックで起用することも可能だ。その場合、長谷部はボランチに入る。



長谷部の存在が戦術に幅をもたらす


3バックと4バックの併用を含めて、柔軟な采配が可能になるのは“ミスター・ユーティリティ”長谷部の存在が大きい。3バックの中央やボランチに留まらず、ヴォルフスブルク戦では右ウイングハーフのDFティモシー・チャンドラーを出場停止で欠き、代わりに長谷部が入った。


高さ、強さ、速さ、巧さ。いずれにおいても「帯に短し・たすきに長し」の印象を与えがちな長谷部だが、しかし、帯でもたすきでも働ける長谷部だからこそ、ニコ・コバチの柔軟な采配が成立したとも言える。


ビッグクラブとは予算の差があるフランクフルトが、順位テーブルをひっくり返すためには、通説通りの評価で選手を見るわけにはいかない。優れた戦術家は、埋もれた選手を再評価し、新たな色に輝かせる。


戦術に長けた次世代の名将が演出するサプライズ。今季のブンデスリーガは、そんなところが実に面白い。(文・清水英斗)



写真提供:getty images

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清水 英斗

清水 英斗

サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『日本サッカーを強くする観戦力』、『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』、『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。

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