ドイツに逆転勝利を収めた森保ジャパン。『日本サッカーが積み上げてきたモノ』の成果が出た90分

COLUMN川端暁彦のプレスバック第64回

ドイツに逆転勝利を収めた森保ジャパン。『日本サッカーが積み上げてきたモノ』の成果が出た90分

By 川端 暁彦 ・ 2022.11.24

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宿に向けて乗り込んだタクシーの運転手が開口一番、こう聞いてきた?


「おい、日本人か?」


肯定すると、すぐさま「コングラッチュレーション!」と大声をあげつつ拳を突き出し、熱烈に祝福してくれた。


バングラデシュからの出稼ぎ労働者である彼は、「アジアのチームがヨーロッパのやつらに勝ったのが嬉しいんだよ!」と心底喜んでくれたようで、試合前の吉田麻也主将の言葉を思い出した。


「このカタールには、アジアの各地から働きに来ている人たちがいるので、彼らの分までアジアを代表して戦う」


そんな言葉を体現する試合を、日本代表は因縁深いカタールの地でやってのけた。


押し込まれた前半


番狂わせだったのは間違いない。前半の内容は、酒井宏樹の言葉を借りれば、「まあ、ひどかったですね」というもの。


序盤こそ良い入りができていたが、ドイツが日本の狙いを外す形で新たなメカニズムを見出すと、一方的に押し込まれることとなった。


選手たちからは「リスペクトし過ぎた」という言葉が口々に漏れたが、隣の選手と会話することも簡単ではなくなる国際大会特有の大歓声の中では、一度始まってしまった流れを止めるのは容易ではない。失点はPKだったが、時間の問題だったとも言える流れだった。


ただ、この失点直後の動きが試合を分けた。吉田を中心に守備の選手たちがサッと集まって意思統一を図ると、キャプテンは前線の選手にも声をかけ、再開直後はあえて前からの守備を敢行。


先制されたことを機に、バタバタと崩れることの多かった過去のFIFAワールドカップに臨んだ日本代表とは、明確に違う姿だった。


守備にタレントを揃えたチーム


「0−1でもOK」という意思統一を図り、我慢の展開を耐え忍ぶ。あまり指摘されることはないが、森保監督の日本代表は“守れる”タレントを揃えていることが大きな強みである。


厳しい批判を浴びたアジア予選も10試合で4失点と崩れることなく、多くのメンバーが出場した東京五輪も、スペインに延長戦での一発を浴びるまではわずか1失点。セットプレー以外での失点はほぼないという、ゴール前での粘り強さは大きな特長として備えていた。


チーム全体で我慢の展開を覚悟した中で、前半45分にわたって我慢し切れたのは、決して“たまたま”ではあるまい。


「0−1になることもあり得ると話してはいて、落ち着いて選手たちが(そのスコアを)キープしたことで、後半のチェンジや戦い方に繋げられた」(森保監督)


森保監督の用兵が的中


そしてハーフタイムである。


「まあ、『サッカーはわからない』という試合になりましたね」


再び酒井の言葉だが、わからなくしたのは森保一監督の用兵だった。前半のうちに5バックにするべきだったという見方もあるが、もしそうしていたら、おそらくドイツはハーフタイムで手を打ってきて、日本は攻略されていただろう。


彼らの分析と研究の力を知るからこそ、ハーフタイムまで待っての交代策だったと見るべきだ。


実際、FIFAワールドカップの喧噪とプレッシャーの中で、後半、フリック監督がいくら叫べど、ドイツの戦術が有効に機能することはなく、日本の術中にハマっていくこととなった。


5バックの採用


森保ジャパンの5バックへの変化自体は、親善試合等で見せてはいる。ただ、後方を固める意図での5枚ではない。


5レーンを埋める形でポジションを取るドイツの選手に、一人一殺の形で5枚のDFをぶつけ、後ろが数的同数になることも恐れずに、前からハメていく形での5バックは今まで見せていなかった一手だった。


さらに混乱の見える相手に対して、次々と投入した攻撃の選手たちがいずれも躍動。左ウイングバックに三笘薫、右ウインバックに伊東純也という配置も含めて機能し、ドイツのビルドアップを破壊してみせた。


「ただカウンターを狙うのではなく、個々の局面で選手たちが戦って(ドイツを)上回るところを見せてくれたし、選手たちに力が付いていることを、今日の試合でお見せできたのかなと思う」(森保監督)


初の逆転勝利


ドイツ相手に『1対1を10個作って勝ちに行く』という術策を指揮官が決断できたのも、そしてそれが奏功したのも、このレベルでドイツ相手に戦える選手が揃っていたからこそ。


いくら前から行ったところで、個ではがされるようでは絵に描いた餅だが、そうはならなかった。それは育成から積み上げてきた成果だろう。


日本のFIFAワールドカップへの挑戦はこれで7度目であり、いくつもの印象的な勝利があるが、逆転して勝った試合は一つもなかった。


そもそもサッカーでは逆転勝利がレア物であるのも確かだが、根本的な背景は絶対的地力不足にあった。ただ、今は違う。


個人的に、最も印象的だったのは逆転ゴールに至る時間帯で、最も感慨深かったのは逃げ切りに入った最後の時間帯だった。


1点リードとなった状況で、すかさず森保監督は吉田主将を呼んで意思統一。割り切った5−4−1のブロックを敷きながらの逃げ切りを図った。


積み上げてきたモノの成果


当然ながら、ドイツは強引にでも日本ゴールをこじ開けにかかる。屈強なリュディガーが前線に上がり、最後はGKのノイアーまで押し出してきてのパワープレー。


それこそ、4年前のベルギー戦がそうだったように、過去の日本代表であれば押し切られた可能性はある。


だが、今は違う。


「最後は相手がパワープレー気味に来て、これまでの日本サッカーの歴史の中ではそこで同点に追い付かれる、試合を落とすこともあったと思うが、選手たちはドイツを始めとするヨーロッパのサッカー強国で試合をして力を付けていて、相手がパワーで来たときも、最後まで集中力を発揮して戦ってくれた」(森保監督)


日本のセンターバックがヨーロッパに挑んでいく流れを作った吉田。プレミアリーグで堂々と活躍を続ける冨安健洋。そしてブンデスリーガで素晴らしいプレーを見せてきた板倉滉という欧州基準の大型CBを3枚揃えていた日本は、ドイツの攻勢を跳ね返し続け、勝点3をもぎ取った。


過去のワールドカップを経ての経験から、大型選手を育成する重要性が叫ばれ続けていた中で、育成年代の指導者たちがトライを続けた成果と言ってしまっていいだろう。


試合前にも書いたように、「4年間の積み上げ」という狭い話ではなく、日本サッカー界として積み上げてきたモノの成果が出た90分だった。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

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川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

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