意思統一された戦いを次代に示す。スペイン戦の勝利は日本サッカーの蓄積であり、明日へ繋がる成功体験になる

COLUMN川端暁彦のプレスバック第66回

意思統一された戦いを次代に示す。スペイン戦の勝利は日本サッカーの蓄積であり、明日へ繋がる成功体験になる

By 川端 暁彦 ・ 2022.12.2

シェアする

「サッカー常識」のようなものが、揺さぶられる経験が続いている。


ドイツに勝ってコスタリカに敗れ、最後はスペインを下し、FIFAワールドカップ優勝経験国2つと同居したグループを1位抜け。誰がこんな展開を予想できただろうか。


サンパウロから来たと言う記者が「支配率は1000対1くらいだったが?」と冗談めかして言っていたが、前半の日本が見せた基本軸は「どうぞどうぞ作戦」。


昨季のヨーロッパリーグで、フランクフルトがバルセロナを破ったゲームをモデルケースにした3-4-2-1(5-4-1)の形をベースにしながら、あえて我慢の待機戦術を採用した。


「行けなかったのもあるけれど、基本的に行かなかった」


これはMF田中碧の言葉だが、相手に持たれるのは想定内。ある程度、危険なパスを入れられるのも受け入れつつ、無駄なプレスで体力を空費し、スペインに隙を突かれることを避けながら、隠忍自重の展開に持ち込む。


全員が意思統一されて、それを受け入れて戦えている様は驚異的で、先発の前田大然や久保建英は守備にエネルギーの9割を持って行かれる苦しさの中でも、献身性を貫徹した。


森保一監督は試合後、後に繋いだ前半組の働きを強調して称えていたが、実際に彼らの貢献は大きかった。


肝が据わっている指揮官


前半、戦術的な常道からいくと“噛み合わせ”は決して良いものではなかった。実際、森保監督はスペイン戦に向けて「別のプランを用意していた」と語っており、選手の証言と照合すると、5バックは同じで前の形が違うというもの。


恐らくそれは5-3-2、あるいは5-2-1-2のような形だったのではないか。ただ、「フランクフルトの成功体験」というのは意思統一においてポジティブなもので、元より劣勢を受け入れることが前提のこの試合では、そちらを優先したということだろう。


今大会の森保監督を評する言葉として「肝が据わっている」というフレーズほど、しっくり来るものはない。


それが有効手だと思えば、初先発の谷口彰悟を起用することもためらわず、全員が同じメニューをこなせたのは、試合前日のわずか1日という突貫工事で、スペインに勝つためのプランを浸透させていた。これができる代表チームはそうはあるまい。


チーム一つになって戦う


「最悪、0-1でもOK」というのはドイツ戦と同じ心構えだが、並みの相手ならともかくドイツやスペインのような国に対して、このマインドで意思統一するのはかなり難しい。


ましてや今回は、勝利がほぼ必須と見られる状況だったわけで、そこで「0-0もOK」まではあり得る考え方だが、「リードされてもOK」にはできないものだ。しかし、このチームはできていた。


田中は「観てもらえれば分かると思いますけど、チーム一つになって戦うという点で、どの国よりも熱いものがあるんじゃないか」と、胸を張って海外プレスの質問に答えていたが、この点で日本に一日の長があった。


強敵相手に戦術を機能させるための大前提である、全員のマインドセットを同じ方向へ整えられたことは、勝因の一つだろう。


試合前に吉田麻也主将は「スペインやドイツのようなチームを相手に、戦術に迷いがあったら機能しない。彼らはそこを突いてくる」と強調していたが、スタッフ含めて全員でアイディアを出し合って、納得いくまでとことん話し合ったというベースがあっての勝利だったのは間違いない。


後半開始の時間帯


後半からは乾坤一擲、インテンシティを極端に高めるフィーバータイムを作っての勝負。大逆転したドイツ戦はもちろん、コスタリカ戦も敗れたとはいえ、後半開始から5分で6本のシュートを打った時間は勝機が見えていた。


たまたまではなく、再現性のある現象として、高強度で全員がリスクを取りに行く選択をする時間帯を作るやり方、ルイス・エンリケ監督の言葉を借りれば、「ギャンブルを仕掛けてきた」形が勝利を引き寄せた。


言うまでもなく、この戦術を実践するにあたってのキーフレーズもまた、「意思統一」である。


ドイツとの初戦は、内容面では負けていたと言える試合だったが、スペイン戦に関してはボール支配率こそ圧倒的な劣勢ながら、Opta社が公開しているゴール期待値では「1.3対1.1」と実は日本が優勢だった。


ゴール期待値は膨大なビッグデータから、シュートがゴールになった期待値を数値で割り出している仕組みで、この試合は統計的に「1.3対1.1くらいの試合」だったということになる。


FCルイス・エンリケの弱み


シュート数自体は6対14でスペインが上回っているものの、日本のブロック数は6(スペインは1)と満足に打たせてはいない。


またデュエルの勝率では、空中戦は約56%、地上戦は約62%と日本が優勢である。押し込まれながらも1対1の守りで破綻しなかったことが、勝因の一つだったことがうかがえる。


逆に言えば、「FCルイス・エンリケ」とも評される今大会のスペインの弱みはそのあたりにあって、リードを奪って引いて守る状況に持ち込んだ時点で、日本の優位はかなりのパーセンテージで確定していたと言えるかもしれない。


相手の交代選手の準備を観て、左サイド強化を施してくると見越し、冨安健洋を右ウイングバックに投入して封じ込んだ森保監督の用兵も見事だった。


センターバック3枚がイエローカードを受けているという危機的状況で不安も感じ、迷いもしたそうだが、この決断は吉と出た。


決勝点の裏側にあるもの


最後に決勝点についてだが、あれを「ラッキー」と評するのは違和感がある。


テクノロジーへの信頼とかそういう話もあるが、ルイス・エンリケ監督が「判定よりもあの状況になったことが問題」と言っていたように、1対1になっても手を緩めず、スペインへ襲いかかり続けた「意思統一された攻勢」は、紛れもなく狙いどおりのもの。単なる偶然であの状況になったわけではない。


また、前田大然と三笘薫という二人の選手が最後まで諦めずにボールを追って、そのうちの一人がギリギリ届いたのも、「笛が鳴るまでプレーをやめない」サッカーのセオリーを貫いたからであり、スペインの選手が手を上げてボールデッドをアピールする中でも、諦めずに詰めていた田中碧がいたから生まれたゴールである。


それは、彼らにその姿勢を叩き込んだ歴代の指導者たちが生み出したゴールでもあった。繰り返すが、単なる偶然ではない。


そして、今日から全国の指導者達が「三笘や田中みたいに最後まで諦めるな。食らい付け」と子どもたちに言えることの何と幸せなことか。


チーム全体の意思統一された一丸の戦いぶりを含め、これを子どもたちに示せたことこそ、本当の意味での日本サッカー界にとっての蓄積であり、明日へ繋がる成功体験と言えるだろう。(文・川端暁彦)


写真提供:getty images

シェアする
川端 暁彦

川端 暁彦

1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣の『エル・ゴラッソ』を始め、『スポーツナビ』『サッカーキング』『サッカー批評』『サッカーマガジンZONE』『月刊ローソンチケット』など各種媒体にライターとして寄稿するほか、フリーの編集者としての活動も行っている。2014年3月に『Jの新人』(東邦出版)を刊行

このコラムの他の記事

おすすめ動画