12月17日、埼玉スタジアム2002にて高円宮杯U-18チャンピオンシップが開催され、青森山田高校がサンフレッチェ広島ユースを0-0からのPK戦の末に破り、“真の日本一”に輝いた――と言ったところで、ピンとこない人も多いことかと思う。
1万人を超える観衆が詰め掛けてBS放送ながらTV中継もされていたので、注目度は相応にあったとは思うが、一般層へ広く認知されるほどの大会ではない。
ただそれは、大会の価値の高低を意味するわけでもない。正確に言えば、この1試合の価値よりも、年間を通じて行われた“26986試合”に、より大きな価値がある。
簡単に大会のレギュレーションを説明しておこう。高円宮杯U-18サッカーリーグは、ピラミッド構造を持った高校年代のリーグ戦システムだ。最下層に46都府県リーグ(競技人口の多いところはさらにその下まで)、その上に全国9地域のプリンスリーグ(北海道、関東、九州など)、そしてさらにその上に全国を東西に分けて行うプレミアリーグ(EAST、WEST)を持つ。
そのEASTとWESTの王者が一発勝負で相撃つのがチャンピオンシップで、今年は青森山田が初優勝した。つまりそういうことである。
そもそもは高校サッカーサイドからの「トーナメントだけでは選手の育成は難しい。リーグ戦が必要だ」(流経大柏高校・本田裕一郎監督)という思いや、東京都の一角で行われていたDUOリーグのようなプライベートリーグが合わさる形で、2003年にプリンスリーグとして9地域での総当たりリーグ戦(春から夏にかけて実施)として形となり、2011年からはその上にプレミアリーグが創設されると同時に、通年制の2回戦総当たり形式、また地域ごとの時間差はあったものの、各都道府県リーグも形になった。
リーグ戦が各年代で広がりを見せる
こういったリーグ戦の構造は現在、中学生年代にも拡充され、小学生年代についても少し変則的な形ではあるものの、リーグ戦の試みが広がっている。現在、日本サッカーの育成年代は、リーグ戦という“日常の戦い”と、カップ戦や各種プレーオフという“非日常の戦い”が合わさる形で時を刻むこととなった。
日本の団体スポーツにおいて、これほど重層的で裾野の広がりを持つリーグ戦構造を持ったことは過去に例はないだろう。だが、高校年代は実に4489チームがこの重層的な構造のどこかに参加するようになっているのだ。
ここでいう「チーム」は必ずしもAチームだけを意味しない。この重層リーグのもう一つの価値は、Bチーム以下にも門戸を開いたことにある。たとえば優勝した青森山田も、惜しくも敗れた広島ユースも、それぞれセカンドチームが一つ下のカテゴリーであるプリンスリーグでリーグ戦を戦っている。当然ながらそこにはAチームの選手との入れ替えという競争もあり、今季は難しくとも、来季は戦力になると見込まれる下級生が経験を積み上げる場としても機能している。
3年間、一度も試合に出られない選手は減ってきている
たとえば、268名の部員を抱える駒澤大学高校は、従来型のカップ戦しかない環境においては、一部の選手を除いて実戦経験を得られなかった。だが現在はこの重層リーグの各所にチームを送り込み、地域での小規模リーグにも別途参加。結果として「真面目にやっていない子は別ですが、そうでなければ『3年間1度も試合に出られませんでした』なんて選手はいなくなりました」(大野祥司監督)。
もちろん、指導者の確保といった問題もあり、すべてのチームにできることではない。ただ、低いほうでの平等を求めがちな日本のスポーツ界において、「やれるチームだけやればいい」と割り切ったこと自体が画期的だろう。チームの競技力向上といった部分だけでなく、力のない選手がサッカーを楽しめる、普及という面でもポジティブな作用があることは間違いない。
年末年始の高校サッカー選手権。もしも駒澤大学高校の試合に行ったなら(前橋育英や東福岡でも構わないが)、バックスタンドで応援する控え部員たちに目を向けてみてほしい。
そこにいるのが「ピッチに立てずに終わった部員」ではなく、各層のリーグで戦っていた選手たちだと思えたとき、彼らの見え方もまた変わってくるのではないだろうか。“26986試合”の持つ価値の一つは、確かにそこにあるのだと思う。(文・川端暁彦)
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