試合直後に出てきた言葉だからこそ、そこには熱とリアリティーがあった。
「試合には負けたし、今日の最後の展開では悔しい想いをしながらのプレーしていた選手もいたかもしれない。それに、新たに出た選手たちは、すごく難しかったと思うよ。それは彼らの能力のことではなくて、いきなり試合に出る時のコンディションもそうだし、メンタル的なコントロールもそう。そして、プレッシャーもすごくかかる試合だったから。最終的にこういう結果がとれたのは、本当にね、チームとしての強さだと思う」
ポーランド戦の直後にそう語ったのは、原口元気である。ロシアW杯の最初の2試合でスタメンだった原口は、あの試合に出場していない。それでも、当事者として情熱があふれ出ていた。
「俺があそこで同じ振る舞いができるかというとわからないと思うくらいに、彼らが必死でやっているからこそ、本当に、素直に心から出ていた選手を応援できたよね。彼らの強さというのはやっぱり、みんなが見ているからね。俺たちはうわべだけではなくて、ちゃんと、一つのチームになっているから」
万が一、敗退が決まっても後悔は一切なかった(長谷部誠)
もちろん、原口だけではない。ここでまで先発を続けてきたのにもかかわらず、この試合ではベンチでキックオフの笛を聞くことになった長谷部誠もそうだ。W杯予選では「日本代表が良くなるためには全てを捧げる覚悟がある」と語って、怪我のリスクを負ってまでピッチに立った、様々な想いと情熱をかけてこの大会にたどり着いてきた。ただ、試合結果によって日本代表にとってロシアW杯最後の試合となる可能性があった。
それでも、ポーランド戦のスタメンを送り出すとき、長谷部はそんな怖さとは無縁だったと断言している。
「僕個人としての思いとしては……万が一、今日敗れて、敗退が決まっても、チームメートを信頼していたので、そこの後悔は一切ないというのは試合前に思っていました。そう思わせてくれている仲間がいることに関しては幸せだと思います」
スタメンを前の2試合から6人も入れ替えて臨んだポーランド戦の状況を簡単に振り返ると、こうなる。
0-1で迎えた後半28分を過ぎたころに、他会場で行なわれた試合でコロンビアがセネガル相手に1点をリードした。この時点で、日本とセネガルの得失点差も総得点も同じ。
ただ、イエローカードやレッドカードの数で算定されるフェアプレーポイントで日本はセネガルにリードしていた。だから、そこから先はファールを犯してカードをもらうリスクや、積極的に攻めにいってカウンターから失点をするリスク、セネガルがコロンビアからゴールを奪う確率を加味したうえで、パスを回して、試合を終わらせる流れを作った。そして、試合は終わり、日本は決勝トーナメント進出を決めたのだ。
個人的にはすごく大きなミーティング(長谷部誠)
確かに、お金を払って、スタジアムに訪れた一部のロシア人からはブーイングも出た。
しかし、目に見えたり、耳で聞こえる事象から判断するのは、TVを見てすべてを判断することくらいと同じくらい、あてにならないものだ。
目を向けなければいけないのは、当事者がどんな意志を持って、何を考えていたのかについてである。
日本代表として初めて、ベスト8へ進む。日本サッカー界に新たな歴史を作る。それが今の日本代表の目標だ。
そのためには、どうすれば良いか。戦い方の最後の決断を下したのは、西野朗監督だ。ただ、その決断の裏には日本代表の過去の5大会の戦いぶりから学んだ教訓があったという。
キャプテンの長谷部が、指揮官の決断の意図をこう代弁している。
「ベスト16に進んだのは今回が3回目ですけど、西野さんが外から見ていて、これまでの2回は、予選リーグを戦って、いっぱい、いっぱいの状態で、ベスト16(*決勝トーナメント1回戦)に向かったなという感覚があったと。自分はそのうちの1回を経験していますけど、そこに到達するために、すごく多くのものを費やしてきた部分はありました。だから、今回はベスト8をかけてチャレンジでするときに、経験も積み、さまざまな部分でこれまでとは違うチャレンジができるという(感覚)が、個人的にもあるし、監督もそう言っていました」
ポーランド戦の翌日のこと。日本代表は、練習の前に選手、コーチ陣、そして現地にいるスタッフが一堂に介して30分ほどのミーティングを行なった。
それは、チームの目標であるベスト8進出を果たすためにも、そこに向けてチームが一つになるためにも、有意義なものだったと長谷部は感じている。
「ずっと出ている選手もいますけど、第3戦で休めた選手もいる。そういう部分でこれまでの戦い方とは違って、心身ともにフレッシュな状態で次の試合に臨めるかなと感じています。そういう意味では、すごくポジティブにとらえている部分もあるし。そして、何より、今日のチーム全体での話のなかで、本当に、チーム全員が一つになって、次の試合にむけてやっていける雰囲気が出来たので。個人的にはすごく、大きなミーティングだったかなと思います」
日本は大会が進むと共に成長していく必要がある(岡崎慎司)
歴史を塗り替える。その一点にむけて、チームは一丸となっている。
では、何故、一丸となれたのか。要因はもちろん、いくつもある。日本人が集団で行動することを美徳とするような教育を受けてきたからこそ、団結するのが得意だという気質もある。
そして、今大会を迎える前の日本代表が追い込まれていた状況があったからこそ、前に進むしかないと腹をくくれた部分もあることを忘れてはいけない。
本大会の始まるおよそ2か月前に監督が交代。西野監督が就任してからの2試合で1ゴールも奪えないまま、連敗した。サッカーの試合に例えるなら、前半を終えて0-3のビハインドを負っているようなものだ。
そうなれば、もう強気に攻めていくしかない。やれることは一つだった。それがW杯前最後のテストマッチであるパラグアイ戦からの成長につながった。そこに西野監督の度胸溢れる強気の采配もあいまって、チームは前に進んできた。
でも、W杯はイケイケの姿勢だけで勝てるほど甘い大会ではない。前にしか進めないカンガルーではダメなのだ。忍耐も必要だ。
その意味で、スタジアムからのブーイングに耐えて、ポーランド戦を終わらせたロシアW杯を戦う日本代表は、我慢することを覚えた。それこそが、このチームの成長である。
奇しくも、セネガルと引き分けたあとに、岡崎慎司は高揚する報道陣を前に、冷静にこんな話をしていた。
「日本代表が勝ちあがるために必要な要素は、W杯とともに成長していくという部分だと思うんです。それはこの2試合を通して、徐々につかんできている部分はある。ただ1試合勝つだけではなくて、成長しながら進んでいく。自分たちが勝ちあがっていくための条件なのかなと思います」
俺は十分に休めた。これで次、走れるよ(原口元気)
残念ながら、今の日本代表にはベルギー代表に10回やって、勝てる確率が5回以上あるほどの強さはない。ポーランド代表相手に、試合終盤に無理に攻めていったとしたら、カウンターから失点を食らっていた確率も決して低いものではなかった。それは認めないといけない。
しかし、サッカーは、チーム力が高いチームがいつも勝つスポーツではない。
むしろ、ピッチの上での純粋な戦力の差が、勝敗に最も反映されづらいスポーツの一つである。
ベルギー代表を倒せる保証はないし、返り討ちにされる可能性も大いにある。それでも、現在の代表が彼らを相手に一泡吹かせるだけの正当なプロセスと、入念な準備を今の日本が出来ているというのもまた、一つの事実である。
だからこそ、ポーランド戦のあとに原口が語っていた、こんな言葉も説得力を帯びているのだ。
「ここから先、自分たちの持っているものを全て出さなかったら、勝てないね。出せなくても、勝てる相手ではないから。ちゃんと、自分の全てを出して、チーム全員が、自分の全てを出して、それでやっと勝てるかな。でも、俺は十分に休めた。これで、次、走れるよ」
だからこそ、このプロセスの行方を、見逃してはいけない。そこに今後の日本が進むべき道のヒントが転がっているのだから。
写真提供:getty images