「論客」田中碧が思考する自らの価値とは

COLUMNミムラユウスケの本音カタール 第1回

「論客」田中碧が思考する自らの価値とは

By ミムラユウスケ ・ 2022.9.23

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田中碧は“持っている”


Jリーグデビュー戦でゴールを奪い、五輪代表時代には強烈なミドルを2本決めてブラジル戦勝利の立役者となった。負ければ森保一監督の座が危うくなると言われていた昨年10月のオーストラリア戦。アジア最終予選初出場初先発という相当なプレッシャーがかかる試合で彼は先制ゴールを決め、チームを窮地から救ってみせた。ボランチを主戦場とし、決してゴールの多い選手ではないが、大一番で決定的な仕事をしてみせる。技術やセンス以外の何かを“持っている”と多くの方が感じているはずだ。


ただ、彼の魅力はそれだけではない。その一つは「言語化能力」だ。自分のプレイや課題をしっかり言葉に置き換えることが出来る田中は、今回の日本代表デュッセルドルフ遠征でのテーマをこんな風に掲げた。

「自分自身の価値をもう一回、示さないといけない」

同じポジションにはハイレベルな選手たちが集う。川崎時代の先輩である守田英正は今シーズン、ポルトガルの名門スポルティング・リスボンに移籍したが凄まじい活躍を見せている。他にも、ドイツでしばしば用いられる得点とアシストを足した「スコアポイント」という指標でリーグ2位、ドイツの老舗スポーツ誌『キッカー』の採点ランキングでも2位タイにつける鎌田大地。彼がインサイドハーフで起用されるのであればライバルになる。プレーのインテンシティと走力が魅力の原口元気を推す声も大きい。カタールW杯予選突破のキーマンとなった実績はいったん横に置いて、レギュラー争いをもう一度勝ち上がろうとしている。


田中碧の価値


では、田中の考える自らの「価値」とは何なのか。取材時にそんな質問が飛ぶと、

「結果をしっかり残した上で、サッカーの内容も良いものにする」

と回答してくれた。もちろん大筋は理解できる。ただ、彼が抱いている理想をもっと詳細に、具体的に知りたい。そう思わせるだけの言葉を持っている選手だ。常に投げかけられた質問に誠実に向き合い、言葉を尽くしてくれる。『価値』についてもう少し詳しく教えて欲しいと要望すると、田中は状況の解説から語り始めた。

「どの選手にも合うチーム、合わないチームがあります。でも、(どのようなチームにいても)自分を活かさなきゃいけない。仮に、めちゃくちゃ守るサッカーをしていても、活躍しないといけない。」

取材陣は皆、耳を傾けている。田中は続ける。

「サッカーにはポジションもあるし、役割もある。点を取るのは前線の選手だし、攻撃で色を作るのは2列目の選手です。(本職がボランチである)自分が目立つのは『果たして良いことなのか?』と言われると、そうではないと思う。」

そう付け加えた後、彼は結論にたどり着いた。

「『コイツと一緒にプレーして良かったな』と思ってもらえる選手が、良い選手なんだと思います。他の選手が『一緒にやっていて、プレーしやすいな』とか『(ピッチの上に)いて欲しいな』という選手になるのが理想なのかなと。ピッチの中(にいる選手に)しかわからないだろうし、見ていてもわかりづらいかもしれないですけど. . .それが、自分の価値です。」


チームメイトを躍動させる


チームメイトの「心のうち」を見ることは出来ない。ただ、田中と一緒にプレーする喜びを感じているチームメイトが「躍動する姿」なら、誰もが目にすることができる。足の速いフォワードがピッチを駆け抜け、トップ下の選手が細かいパス交換から相手の守備を崩し、サイドの選手が気持ちよくドリブルを仕掛ける。何人もが絡む攻撃が繰り広げられ、連携して相手ボールを刈り取る……。


「チームメイトに『碧と一緒にプレーしたい』と思わせる選手」という田中の理想像は、外から彼を見たときにはわからない。ただ、だからこそ、限界がない。「1年間で〇〇点取れる選手になる」というような具体的な目標ではないからこそ、田中はスパイクを脱ぐ日までその理想像を追い求めることになる。


そんな限界のない目標を掲げたことが田中を苦しめる日もあるかもしれない。ただ、崇高な目標だからこそ、成長を求めるハングリー精神が満たされる心配もない。高い言語化能力を活かして思考するプレイヤー田中碧は果たして、苦難を乗り越えてどこまで成長していくのだろうか。


システムはどうなる?


今回の代表合宿中には、カタールW杯の初戦となるドイツとの試合についてのミーティングも行われた。ドイツ代表が、強豪イングランド代表や欧州王者イタリア代表を相手にしたときでも圧倒的にボールを支配して戦う映像も確認しており、日本代表にはある程度は現実的な戦いをせざるをえないという認識が広がっている。


そのため、9月23日のアメリカ戦では、最終予選で田中が躍動したシステムの{4-3-3}ではなく、守備を安定させるために中盤の底に2選手を配した{4-2-3-1}を試す可能性が出てきた。そうなると、ボランチの先発には遠藤航と守田が入り、田中はいったん、ベンチからのスタートになるだろう。


ただ、フォーメーションや戦い方を変えると、上手くいかないことがよくある。そんなときに、潤滑油としての働きを田中が見せることで価値は証明できる。あるいはこの先、オーストラリア戦のように結果を残すことで出場する時間を伸ばしていき、そこからチームメイトが心地よくプレーできるような黒子の働きで、チームを前進させていく可能性だってある。


“持っている男”だからこそ、苦しい状況をも変えてしまうような活躍を見せるのではないかという期待を、田中は見る者に提供するのである。(文 ミムラユウスケ)


写真提供:getty images

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ミムラユウスケ

ミムラユウスケ

2009年1月にドイツへ移住し、サッカーブンデスリーガを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグの開幕した2016年9月より、拠点を再び日本に移す。現在は2か月に1回以上のペースでヨーロッパに出張しつつも、『Number』などに記事を執筆。W杯は2010年の南アフリカ大会から現地取材中。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、近著に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」、「海賊をプロデュース」がある。

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