特に重要な初戦・ドイツ戦、もし先制されてしまったら...打開策を考えてみる

COLUMNミムラユウスケの本音カタール 第5回

特に重要な初戦・ドイツ戦、もし先制されてしまったら...打開策を考えてみる

By ミムラユウスケ ・ 2022.11.1

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「FIFA ワールドカップでは初戦が大事」という言葉に嘘はない。

日本代表が参加した過去6大会を振り返ってみると、初戦の持つ意味を再確認できる。


決勝トーナメントに進んだ3大会では、いずれも初戦で勝ち点を挙げている。


逆に、グループリーグで敗退した3大会は、すべて、初戦で敗れていた。


だからこそ、FIFAワールドカップ2022の初戦・ドイツとの試合では負けるようなことがあれば、グループリーグ突破はかなり難しくなる。もちろん、ドイツに勝てればベストだが、最低でも引き分けに持ち込まないと厳しい。



「劣勢を挽回する」ことが苦手な森保監督


ただ、引き分けに持ち込むような戦いを森保一監督が苦手としているのはご存知だろうか。


森保監督が率いる日本代表の足跡をたどると、最多勝利数などの景気の良い数字が並ぶ。選手層を厚くしたなどの功績もある。


その一方で、森保監督は「劣勢を挽回する力」を欠いているのだ。


具体的には、相手に先制された試合での成績に表れている(なお、森保体制下で先制を許したのは13試合あり、その成績は2勝1分10敗である)。日本代表に海外組が増えたザックジャパン以降の、それぞれの監督の元で「先制を許した試合」での成績を比較すると、ハッキリとした課題が浮かび上がる。


先制された試合での勝ち点獲得率……23%(歴代最低)

先制された試合での連敗記録……8連敗(歴代最低)


先制された後、途中交代の選手が得点に絡み、勝ち点を獲得した試合……なし

先制された試合(13試合)のうち、途中交代選手が得点を取った試合……1試合


データからは試合前のプランがはまらない場合や、相手が優勢の時に効果的な打開策を打てていないことが読み取れる。森保監督はゲームプランの修正や変更を大の苦手としている、となる。


しかも、先制された後に挽回して勝ち点を獲得出来たのは、すべてアジアのチームとの試合だ。アジア以外のチーム相手に先制を許した試合ではすべて敗れている。グループリーグで対戦するのは欧州と南米所属の強豪3チームだ。



戦術的な選手交代や布陣変更による解決には期待できない


つまり、FIFAワールドカップ2022カタールで先制を許した場合、森保監督がこれまで一度も成し遂げることが出来ていないミッションに挑戦することになる。とりわけ、グループステージ突破を目指す上で大きな意味を持つ初戦のドイツ戦、最低でも引き分けに持ち込み、勝ち点1を確保することが大事であることはすでに述べたとおりだ。


そもそも、試合前から相手に先制されることを前提とする監督はいないわけで、先に失点してしまうということは、プラン通りに進んでいないことを意味する。普通に考えれば、プランを捨てたり、変えたりせざるを得ない。具体的には戦術やメンバーの特徴、フォーメーションの変更によって試合の流れを変えることを模索する。


しかし、森保監督は、試合中に打開策を提示すること自体、苦手としている。先制された試合で途中交代の選手がゴールを決めたのはわずか1試合で、それも0-4で試合の行方が決まっていた終盤に1点を返したものだった。


初采配から4年以上経っていることを考えても、あっと驚くような選手交代や布陣変更が本大会で見られる可能性は低そうだ。となれば、劣勢から盛り返すために、地道に、そして、シンプルに流れを変えるためにできることをしていくことになるだろう。


具体的には、リスクを冒して、全体を押し上げてハイプレスをしかけてボールを奪い、チャンスを狙っていくような戦いをより徹底することだ。森保監督の口からたびたび語られている戦術のキーワードは「良い守備から、良い攻撃へ」だから、それとも合致する。



『戦術の理解度』で期待できる堂安律


愚直に、勇気をもってハイプレスをかける上でキーマンとなりそうなのは、誰だろうか。堂安律と長友佑都がその際に重要な役割を請け負うことができるのではないかと筆者は見ている。


まず、堂安について。


彼は昨シーズン、名将ロジャー・シュミット監督(現ベンフィカ・リスボン)のもと、PSVアイントホーフェンで主力を張った。シュミットといえば、レッドブル・ザルツブルクを率いてハイプレスを活かしたチームを作り、ELのグループリーグ最多得点記録を作った戦術家だ。そのような監督の元、シーズンを通して主力を務めたことで戦術理解度はかなり上がっている。


見逃せないのは、PSVでの経験を経た上で、今シーズンからフライブルクへ移籍したことだ。フライブルクを指揮するのは、ドイツの老舗スポーツ誌「キッカー」によって、昨シーズンのドイツ最優秀監督に選ばれたクリスティアン・シュトライヒ。彼は「育成のエキスパート」と「戦術家」という2つの顔を持っている。


シュトライヒは、ペップ・グアルディオラのようにタッチライン沿いで情熱的に、細かく指示を送る指揮官だが、トップチームの監督になる前にフライブルクの育成組織で16年間にわたって指導をしており、選手を育てるところに自身のルーツを持っているからだろう。


さらに、戦術家としての一面はこんなところに表れている。昨シーズンのフライブルクは6位に入り、9年ぶりにヨーロッパリーグの出場権を手にしたのだが、その最大の要因は戦術的な守備組織を構築したことにある。昨季は失点数がリーグで5番目に少ない堅守のチームだったのだが、特筆すべきはハードな守備をしながらも、イエローカードの数がリーグ最少だったことだ。チームとして意図している守備戦術の遂行力が高いため、危険なファウルで止めざるようなケースが少ない、ということだろう(今シーズンも第11節終了時点で失点の少なさは4位タイなのに、警告の少なさを表わすフェアプレーポイントで2位タイ)。


この2シーズンの経験を経て、堂安は自信をにじませている。


「少しずつですけど、サッカーの理解度が高まっていると思います」



戦術的能力と経験値を併せ持つ長友佑都


そして、もう一人のキーマンが長友だ。森保監督がわざわざ讃える程、高い強度のプレスをかける能力が彼にはある。そのうえで、ハイプレスを仕掛ける際の、守備陣の気持ちをわかっていることも強みだ。


前線の選手たちが高い位置からのプレスをかけようとしても、守備陣はリスクを最小限にすることを優先したいため、ハイプレスを避けたいと考えがちだ。その最たる例は、6月の日本代表4連戦の最終戦となったチュニジア戦で見られた。


相手に先制を許した直後、南野拓実が前線からのハイプレスをかけにいこうと出て行った場面だ。中盤以降の選手たちがそれについていかず、チームで連動としてハイプレスをかけることができなかった。試合後に守備陣の選手たちから聞かれたのは、さらに失点を重ねたら「試合が終わってしまう」と恐れだった(もっとも、その後の日本はリスクを冒してハイプレスをかけにいったわけではないのに、さらに2点を奪われて、完敗してしまった)。


つまり、リスクを恐れるディフェンダーの気持ちも理解しつつ、ハイプレスをかける戦いで力を発揮できるのが長友という選手なのだ。


実際に、彼はドイツ代表を相手にする難しさを認識したうえで、プレッシャーをかけていくシチュエーションをイメージしている。


まず、ドイツ代表に対してハイプレスをかけるリスクについての彼の発言はこうだ。


「ドイツ代表のイングランドとイタリアの試合については(分析映像だけではなくて試合の)データとかまで見ました。イタリアやイングランドでさえも、(ハイプレスをかけに)いっているのに、簡単にはがされて、(ドイツ代表に)前に持ち運ばれたりしているので。そこは頭に入れないといけない」


そうした前提を踏まえた上で、出ていかざるを得ない状況について、以下のようにイメージしているという。


「ディフェンスのセンスがすごく問われると思います。まず、相手に前を向かせない。(プレスを)はがされたときには、上手くファールで止めることも大事です。あとは、ディレイさせてスペースを空けずに最後を守り切るための判断をする。だから、(求められるのは)ディフェンスの能力とセンスだと思うんです」



チームの空気感を変えることで流れを変える


以上のように、堂安と長友は戦術的にも、メンタル的にも劣勢をひっくり返す戦いをするだけの準備ができている選手であるように見える。ただ、それだけではない。彼らには森保監督の率いるチームの立ち上げ当初から、互いに高めあってきた特別な関係がある。


2019年アジアカップでのこと。準々決勝のベトナム戦の前日に2人の間で、ある約束を交わしたことが有名になった。堂安がゴールを決められなかった場合には、堂安が頭を丸刈りにするというものだった。果たして、ベトナム戦で堂安はプレッシャーをはねのけて決勝ゴールを決め、日本を救って見せた。


他にも、2人は6月に行なわれた那須川天心と武尊による「THE MATCH」を東京ドームで一緒に観戦していたりもする。彼らが日本格闘技史に残るビッグイベントを訪れたのは、プロスポーツを通して自らが耳目を集める存在である、という自覚と無関係ではないだろう。沈鬱する日本の空気感を一瞬でも変えて見せたファイター2人の影響力を体感したかったのかもしれない。


そうした意識を持つ2人がピッチに入れば、FIFAワールドカップ2014ブラジルにおける “あの選手”のように、試合の流れを変えられるだけの空気をチームにもたらせるのではないだろうか。


思い出してほしい。あの時の日本代表は初戦でコートジボワールと対戦した。日本が1-0とリードしている状況で、後半17分から交代でピッチに入り、会場の空気を変え、チームメイトのハートに火をつけたのがディディエ・ドログバだった。そして、彼らは日本から2点をもぎ取り、逆転勝利を手にしたのだった。日本にとっては忌まわしい記憶だ。


日本が先制されるシチュエーションを考えたくはないところだが、ドイツに自力でおとる日本としては、万が一の場面を想定して準備をしておかないといけない。日本が窮地に陥ったときに何ができるのか。監督による劇的な采配を望むのは難しいからこそ、戦術面でも、メンタル面でも、何かを変えられそうな空気を持っている2人の力が求められると筆者は考えている。(文・ミムラユウスケ)

写真提供:getty images

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ミムラユウスケ

ミムラユウスケ

2009年1月にドイツへ移住し、サッカーブンデスリーガを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグの開幕した2016年9月より、拠点を再び日本に移す。現在は2か月に1回以上のペースでヨーロッパに出張しつつも、『Number』などに記事を執筆。W杯は2010年の南アフリカ大会から現地取材中。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、近著に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」、「海賊をプロデュース」がある。

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