FIFA ワールドカップのメンバー選考における正解は何なのか。
日本代表のメンバー選考の基準と、初戦で顔を合わせるドイツ代表のメンバー選考の基準とがあまりに対照的だからこそ、そんな命題を我々につきつける。
ご存じの通り、FIFA ワールドカップ カタール 2022の日本代表のメンバー発表の際に大きな話題となったのは、最終段階でメンバーから「外れた」選手たちのことだった。具体的には、前回大会でゴールを決め、森保一監督が就任してから多くの試合に出場してきた原口元気と大迫勇也の2人の落選がサプライズとして受け止められた。
つまり、森保監督は最後の段階でメンバーを「しぼった」わけだ。
それに対して、ハンジ・フリック監督の決断は真逆だった。その決断について触れるまえに、ここまでの過程について説明しよう。
ギリギリまで候補選手を口説いたフリック監督
先日、「スポーツビルト」誌というドイツの老舗スポーツ雑誌が、フリック監督がスマホの画面を必死でスワイプしている風刺画とともに、こう伝えた。
「フリック監督はまるで、『ティンダー』をやっているかのようだ」
『ティンダー』というのは世界的に有名なマッチングアプリのこと。恋愛対象となる人の写真とプロフィールが載ったデジタル上のカードのようなものがあり、それを左右にスワイプしていくことで興味がある人と、興味がない人をわけていく。そして、自分と相手とがお互いに興味がある方にスワイプした場合に、マッチングが成立。そこからメッセージのやり取りをして、そこからデートへ発展していくスタイルが一般的だ。
フリック監督の行動がこのアプリに例えられたのには理由がある。それは、彼がFIFA ワールドカップ カタール 2022のメンバーにふさわしい選手をギリギリまでリクルートしていたからだ。
たとえば、今シーズンからホッフェンハイムへ移籍したグリシャ・プレメル。27歳になる彼は年代別の代表経験こそあるものの、フル代表でプレーした経験はなかった。それでも、フリック監督は秘密裏に彼に会いに行き、プレメルの代表への想いなどを聞きつつ、現在の代表のチームのコンセプトについて説明したという。
あるいは、ケルンのヨナス・ヘクターもそうだ。32歳になる彼はドイツ代表として43試合に出場した経験のある左サイドバックの選手だが、2020年の夏に代表引退を決断している。ただ、現在のドイツ代表のなかでもっとも層が薄いといわれるのが、彼が主戦場とする左サイドバックのポジションだ。そこで、フリック監督はヘクターのかつての決断(プライベートを充実させるために代表引退を決めた)についてリスペクトする姿勢を見せつつも、今大会限定で代表に戻って欲しいと伝えたという。
ムココとフュルクル、代表でのプレイ経験無しの2名を選出
結果的にプレメルは怪我のために、ヘクターは考えを変えるつもりはなかったために、最終メンバーに選ばれることはなかった。ただ、そこまでして代表候補となる選手を増やそうと尽力していたのがフリック監督だった。
そして、11月10日に26名のメンバーを発表したのだが、そこには17歳のユスファ・ムココと29歳のニクラス・フュルクルがサプライズ選出された。彼ら2人に共通しているのは、負傷したティモ・ヴェルナーが務めるはずだったセンターフォワードのポジションの選手であるということだけではない。
いずれも、ドイツ代表としてのプレー経験はないままに、FIFA ワールドカップ カタール 2022のメンバーに入ったのだ。なお、今シーズンのドルトムントで成長著しいムココとは、メンバー発表の前からフリック監督は電話で連絡を取っており、代表入りを想定した話し合いはしていたという。
さらに、(フリックが監督に就任する前の)2017年以降は代表から遠ざかっていたマリオ・ゲッツェや、わずか代表キャップが1試合しかない20歳のアルメル・ベラ=コャップもメンバーに加えた。
フリック監督の選出理由は戦術的
ここまで読めばもうおわかりだろう。森保監督の決断とは対照的に、フリック監督はギリギリまでメンバーの候補を「広げた」。そして、最終段階で、これまでドイツ代表としてプレーしたことのなかった選手たちを「加えた」のだった。
つまり、選手のコンディション、将来性、そして、前線のオプションを増やすことを重視して、フリック監督はメンバーを選んだわけだ。
コンディションを大切にしているのは、今季のブンデスリーガでは15試合終了時点ですでに10ゴールを記録し、得点王争いを繰り広げているフュルクルクの選出に表れている。将来性というのは、17歳のムココや20歳のベラ=コチャップの選出が該当する。なお、将来性に期待しているのには理由があって、2024年に予定される欧州選手権がドイツで開催されるから。フリック監督の任期は欧州選手権までであり、そこでは開催国として優勝を義務づけられる。FIFA ワールドカップ カタール 2022でも優勝を目標としてはいるものの、それはノルマではない。大切なのは、あくまでも2年後の大会に良い形でつなげることなのだ。
そして、見逃せないのが、フュルクルク、ムココ、ゲッツェと、フリック監督が指揮を執る代表チームではプレーしていない選手たちが選ばれた明確な理由だ。その理由とは「前線のオプションを増やす」ため。フリック監督は、その意図をこう語っている。
「我々のオフェンスに目を向けると、複数のポジションをこなせる選手たちを多く用意している。それは、相手にしっかりプレッシャーをかけられるように、よく走れて、相手のボールに対してアタックできる選手を必要としているからだ」
森保監督の選出基準はフリックと好対照
前線の選手の選考については、フリック監督が戦術的な理由を挙げたのに対して、森保監督がメンタル的な理由を挙げたというところも対照的だ。森保監督は結果的に、前線のポジションに、FIFA ワールドカップ ロシア 2018を経験した選手はおらず、若い選手が多くなった理由を以下のように表現していた。
「ワールドカップ経験者の力を借りて戦いたいと言う選択肢もこうやって選んだ今も考えているところはありますが……。経験者の経験は非常に大切ですけど、経験がない選手たちのW杯で成功したいと言う『野心』を持って戦ってくれるエネルギーを期待してメンバー選考に至りました」
オセロの両面のように好対照なメンバー選考の基準を持っているのが、日本とドイツの両監督なのだ。
森保監督はFIFA ワールドカップ ロシア 2018を代表のアシスタントコーチとして、東京五輪を監督として経験した。
一方のフリック監督は、ドイツ代表のアシスタントコーチとして2度のFIFA ワールドカップと、2度の欧州選手権を経験してきた。
今回の決断は、国際大会に参加したそれぞれの経験から導き出されたものだ。その方針には、“現時点で”正解はない。
果たして、FIFA ワールドカップ カタール 2022という、これまでとは異なる時期に、異なる日程で組まれる大会ではどちらが正解なのだろうか。その答えは、11月21日、初戦のあとに明らかになる。(文・ミムラユウスケ)
写真提供:getty images