「素晴らしい大会」の伝え方。田中碧の表現力を考察する

COLUMNミムラユウスケの本音カタール 第14回

「素晴らしい大会」の伝え方。田中碧の表現力を考察する

By ミムラユウスケ ・ 2022.12.22

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久しぶりに、頼もしい存在が出てきたのかもしれない。


今大会、田中碧から発せられる言葉に触れる度,そんなことを感じていた。


本題に移る前に、少し昔を振り返ってみよう。2010年からの4年間、日本に何度目かのサッカーブームが訪れ、大いに盛り上がった。それは当時の日本代表選手たちがさまざまな役割やキャラクターを分担しているかのように、それぞれが活躍し、発信していたからだ。



内田篤人が担っていた役割


あの時期、本田圭佑は壮大な夢を語り、香川真司や岡崎慎司は欧州のトップレベルでもゴールを量産できることを証明し、長友佑都はたゆまぬ努力の意義を説いていた。


そんな中、内田篤人は、彼らとは少し違う役割を担っている。


例えば、スペインサッカーの強みについて聞かれたときには、「ボールの持ち方、はたき方、顔の上げ方……アイツらに対して簡単に身体を寄せられないから」という理由から、こう表現した。


「エロいですね」


あるいは、自身がポーカーフェイスであることがある程度知られているという前提に立った上で、チャンピオンズリーグがサッカー選手にとって、どれくらい魅力なのかをこんな風に表現してみせた。


「朝起きて、顔洗って、歯磨きしながら、この大会を意識して生活できたのは……かなり楽しかった」


彼は老若男女、サッカーに詳しい人からそれほどでもない人に至るまで、なるべく多くの人に伝わるような言葉で発信し続けた。それでいて、世界最高レベルにあるチャンピオンズリーグの出場試合数で日本人トップに立つという、圧倒的な実績を誇っていた(後に香川が日本人記録を更新)。だから、彼の言葉には多くの人が耳を傾けた。


内田というとその端正なルックスに注目が集まりがちだが、ルックスに注目が集まる状況を逆手にとるかのように、ライト層にも届くような言葉でサッカーの魅力を伝え続けた。そういった角度からも、日本サッカーの盛り上がりに貢献していたことは疑いようのない事実だ。



田中碧は「伝わる言葉」を持っている


同じ様な形で今大会は勿論、カタールに至るまでの過程も含め、言葉で「も」貢献したのが、田中碧だった。


初戦のドイツ戦に挑むにあたって、彼が発したメッセージは日本サッカーの価値を落とすことなく、ドイツ相手に隙をうかがい、チャンスとなったら前に出て行くサッカーをするための指針となっていた。


「今までは『ボールを握ろうとするチーム』と『握られるチーム』という二極化だったのが、この1~2年で、『ボールを握る』よりも『ボールを奪いにいく回数を増やす(べきだ)』という時代に変わった。


もちろんゴールキックから始まって、パスを何十本もつないでいければいいですけど、ワールドカップというような大舞台になればなるほど、リスクはあるだろうし。その中で、そういうプラン(*ボールをいかにして奪って、相手ゴールに迫るプラン)さえ持っておけば、蹴ることに対して抵抗はなくなると思う」


あるいは、彼は大会後にFIFA ワールドカップの魅力について、このように表現した。


「熱くなれたなっていうふうに思います。勝つことだったり、点が入ることが、『こんなに嬉しいのか』と久々に感じたというか。子供のときに戻ったような感情になるというか。それは本当にスポーツの魅力だろうし、サッカーの魅力だろうし。それを教えてくれたのが、このワールドカップでした」


あのスペイン戦での逆転ゴールを見て、サッカーに興味を持った少年少女は決して少なくないはずだ。そして、活躍をした上で発した彼のコメントは、FIFA ワールドカップの持つ魅力を伝えるのに十分な表現だった。


思えば、田中はA代表のデビュー戦でいきなりゴールを決めてチームを勝利に導いたあとも、こんな風に語っていた。


「ここに来るとき、5歳くらいの子供がユニフォームをきて、僕らのバスの写真を撮っていた姿をみて、こういう子たちに夢を与えないといけないなと本当に感じました」


当時から彼は変わらない。日本代表選手が発する言葉の価値を、しっかりと理解している人間なのだ。



文字通り、「口だけの選手」ではない


このような田中の、サッカー『以外』の貢献について語ると、必ずやこんな反論が来る。


「言葉も大事かもしれないけど、あくまでもサッカーの質を上げていくことが大切。その優先順位を間違えてはいけない」


当たり前だ。田中碧の言葉を評価することは、プレイそのものを蔑ろにしている、というようなことではない。実際、田中が自らの競技力向上に心血を注いでいることを、周囲の人間は皆、認識している。


今大会では36年ぶりにアルゼンチン代表の優勝が話題となったが、その背景にあるのは1930年に始まり、すでに22回開催されたFIFA ワールドカップで優勝した国はまだ8回しかないという事実だ。サッカー先進国の優位性はそれだけ大きい。


今の日本サッカー界に大切なのは、日本サッカーの向上につながりそうなことはケチをつけずに評価して、後押ししていくこと。そうしなければ世界の強豪には、到底、追いつけない。


だからこそ、かつての内田や現在の田中のような、より多くの人を巻き込んでいく表現の貢献について、しっかり評価する必要がある。それを忘れてはいけない。(文・ミムラユウスケ)



写真提供:getty images

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ミムラユウスケ

ミムラユウスケ

2009年1月にドイツへ移住し、サッカーブンデスリーガを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグの開幕した2016年9月より、拠点を再び日本に移す。現在は2か月に1回以上のペースでヨーロッパに出張しつつも、『Number』などに記事を執筆。W杯は2010年の南アフリカ大会から現地取材中。内田篤人との共著に「淡々黙々。」、近著に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」、「海賊をプロデュース」がある。

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