世界各国にはいろいろなサッカーに関する慣用句がある。
たとえばドイツでは、主審に大きな見落としがあったり、ミスジャッジがあったりすると、「Tomaten-Schiri」(トマーテン・シリ)と揶揄される。直訳すると「トマト主審」。「トマトが目の上に乗っていて何も見えていない」という意味だ。
もともとは「Tmaten auf den Augen haben」(うっかりしていて物が見えていない)という表現があり、それに「Schiedsrichter」(主審)をくっつけてできた“サッカー慣用句”である。
ドイツのビルト紙では、主審の目にトマトをコラージュした写真が定番になっている。
ドイツには「Schwalbe」(シュヴァルベ)というサッカー用語もある。本来の意味は「つばめ」だが、つばめが低空飛行で飛ぶことから、「わざと転んでPKをもらう行為」を表す単語として使われている。当然ネガティブな意味合いだ。
英語で言ったら「dive」(ダイヴ)だが、あえて「つばめ」と言うところにドイツ的な嫌味のスパイスが効いているだろう。
ここ数年のドイツサッカー界で、「Schwalbe」に関して最も批判されたのは現ドイツ代表のティモ・ヴェルナー(RBライプツィヒ)だ。
騒動が起きたのは2016年12月3日のライプツィヒ対シャルケ。開始18秒、ケイタ(現リバプール)のパスにヴェルナーがものすごいスピードで抜け出し、GKフェールマンと1対1になった。GKフェールマンはぎりぎりで手を引っ込めて相手FWの体に触れなかったが、ヴェルナーは転倒。すぐさま主審が笛を吹き、ライプツィヒにPKが与えられた。
シャルケ側はGKフェールマンを中心に猛抗議したが、まだVARが導入されておらず、判定は覆らない。ヴェルナー自身がPKを決め、結局ライプツィヒは2対1で勝利した。
ちょうどこのシーズンはライプツィヒがブンデスリーガ1部に上がってきたところで、「レッドブル」の資金力で急成長するクラブへの批判が高まっていた。その憎しみが合わさり、ヴェルナーは犯罪者のように扱われてしまう。ブンデスリーガの試合だけでなく、ドイツ代表の試合でも、ヴェルナーはボールを持つたびにブーイングを浴びせられた。
ドイツはルール遵守の意識が強く、ルール違反に対してどの国よりも厳しい印象がある。たとえば、うっかり自転車専用レーンを歩こうものなら、自転車に乗っている人から大きな声で怒鳴りつけられる。
そういう文化的な背景があるから「ダイヴ」にも厳しいのだろう。ヴェルナーがブーイングを受けなくなるまで、結局3、4年かかってしまった。
それでもネガティブな印象は完全に消えていなかったのだろう。今年10月11日のセルティック戦で、ヴェルナーが途中交代したときのことだ。ヴェルナーは不満げな態度でピッチを退き、マルコ・ローゼ監督からのハイタッチも拒否しようとした。他の選手であればそれほど問題にならなかったと思われるが、ヴェルナーには「ダイヴ」の前科がある。再びヴェルナーはメディアから批判の集中砲火を浴びた。
ヴェルナー=悪者のイメージが再燃しつつあり、FIFA ワールドカップ カタール 2022までに調子を上げるのは難しいかもしれない。日本代表としてはプラス材料だ。
ドイツには「ルールを遵守して戦う」という意識が強く、マリーシアが苦手な日本としては好都合である。日本としてはそこにつけ入る隙があるだろう。
FIFA ワールドカップ カタール 2022で勝ち上がるためには「Schwalbe」的なメンタリティーが必要だ。「ずる賢さ」は勝負では正義になる。
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