「ヴェルナーは悪者」不正に厳し過ぎるドイツ、見え隠れする僅かな隙

COLUMN木崎伸也のシュヴァルべを探せ 第1回

「ヴェルナーは悪者」不正に厳し過ぎるドイツ、見え隠れする僅かな隙

By 木崎伸也 ・ 2022.10.10

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 世界各国にはいろいろなサッカーに関する慣用句がある。

 たとえばドイツでは、主審に大きな見落としがあったり、ミスジャッジがあったりすると、「Tomaten-Schiri」(トマーテン・シリ)と揶揄される。直訳すると「トマト主審」。「トマトが目の上に乗っていて何も見えていない」という意味だ。

 もともとは「Tmaten auf den Augen haben」(うっかりしていて物が見えていない)という表現があり、それに「Schiedsrichter」(主審)をくっつけてできた“サッカー慣用句”である。

 ドイツのビルト紙では、主審の目にトマトをコラージュした写真が定番になっている。


 ドイツには「Schwalbe」(シュヴァルベ)というサッカー用語もある。本来の意味は「つばめ」だが、つばめが低空飛行で飛ぶことから、「わざと転んでPKをもらう行為」を表す単語として使われている。当然ネガティブな意味合いだ。

 英語で言ったら「dive」(ダイヴ)だが、あえて「つばめ」と言うところにドイツ的な嫌味のスパイスが効いているだろう。


 ここ数年のドイツサッカー界で、「Schwalbe」に関して最も批判されたのは現ドイツ代表のティモ・ヴェルナー(RBライプツィヒ)だ。

 騒動が起きたのは2016年12月3日のライプツィヒ対シャルケ。開始18秒、ケイタ(現リバプール)のパスにヴェルナーがものすごいスピードで抜け出し、GKフェールマンと1対1になった。GKフェールマンはぎりぎりで手を引っ込めて相手FWの体に触れなかったが、ヴェルナーは転倒。すぐさま主審が笛を吹き、ライプツィヒにPKが与えられた。

 シャルケ側はGKフェールマンを中心に猛抗議したが、まだVARが導入されておらず、判定は覆らない。ヴェルナー自身がPKを決め、結局ライプツィヒは2対1で勝利した。

 ちょうどこのシーズンはライプツィヒがブンデスリーガ1部に上がってきたところで、「レッドブル」の資金力で急成長するクラブへの批判が高まっていた。その憎しみが合わさり、ヴェルナーは犯罪者のように扱われてしまう。ブンデスリーガの試合だけでなく、ドイツ代表の試合でも、ヴェルナーはボールを持つたびにブーイングを浴びせられた。

 ドイツはルール遵守の意識が強く、ルール違反に対してどの国よりも厳しい印象がある。たとえば、うっかり自転車専用レーンを歩こうものなら、自転車に乗っている人から大きな声で怒鳴りつけられる。

 そういう文化的な背景があるから「ダイヴ」にも厳しいのだろう。ヴェルナーがブーイングを受けなくなるまで、結局3、4年かかってしまった。


 それでもネガティブな印象は完全に消えていなかったのだろう。今年10月11日のセルティック戦で、ヴェルナーが途中交代したときのことだ。ヴェルナーは不満げな態度でピッチを退き、マルコ・ローゼ監督からのハイタッチも拒否しようとした。他の選手であればそれほど問題にならなかったと思われるが、ヴェルナーには「ダイヴ」の前科がある。再びヴェルナーはメディアから批判の集中砲火を浴びた。

 ヴェルナー=悪者のイメージが再燃しつつあり、FIFA ワールドカップ カタール 2022までに調子を上げるのは難しいかもしれない。日本代表としてはプラス材料だ。


 ドイツには「ルールを遵守して戦う」という意識が強く、マリーシアが苦手な日本としては好都合である。日本としてはそこにつけ入る隙があるだろう。

 FIFA ワールドカップ カタール 2022で勝ち上がるためには「Schwalbe」的なメンタリティーが必要だ。「ずる賢さ」は勝負では正義になる。


写真提供:getty images

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木崎伸也

木崎伸也

1975年1月3日、東京都生まれ。中央大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了後、2002年夏にオランダに移住、翌年からドイツを拠点に日本人サッカー選手を中心とした取材を行う。2009年に帰国した後も精力的に活動し『Number』『週刊東洋経済』『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『フットボールサミット』などに寄稿、著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『クライフ哲学ノススメ 試合の流れを読む14の鉄則』(サッカー小僧新書)などがある。近年は小説『アイム・ブルー』の執筆や漫画の原作、2018年10月よりサッカーカンボジア代表のスタッフ等、活動の場を広げている。

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