「勇敢な38秒間」は日本サッカーが積み上げてきた成果、そして可能性だ

COLUMN木崎伸也のシュヴァルべを探せ 第9回

「勇敢な38秒間」は日本サッカーが積み上げてきた成果、そして可能性だ

By 木崎伸也 ・ 2022.12.8

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 今大会の日本代表について忘れられないプレーがある。


 ドイツ戦の後半29分、酒井宏樹に代わって南野拓実がピッチに入ってから同点弾が決まるまでの約38秒間の流れだ。


 日本はすでに後半開始時に3-4-2-1にシフトしており、南野投入によってアタッカータイプ6人が並び立つ超攻撃布陣になった。


FW:浅野拓磨

MF:南野拓実、堂安律

MF:三笘薫、鎌田大地、遠藤航、伊東純也

DF:冨安健洋、吉田麻也、板倉滉

GK:権田修一


 このときの攻撃は自陣右サイドのスローインから始まる。この「38秒間」を丁寧に追っていこう。



DFラインからの効果的な回しによってドイツ守備陣に綻びが生じる


 まず右CBの板倉から吉田にボールが渡り、吉田は左CBの冨安に横パスを出した。ボランチの鎌田がサポートに近づくと、ムシアラとホフマンが追走してきた。ドイツ側はマンツーマン気味のハイプレスがコンセプトである。


 冨安は焦らずにボールをいい位置にコントロールすると、顔を上げてしっかり前方を確認。左サイドライン際の三笘に鋭いグラウンダーのパスを送り込んだ。


 三笘は後ろ向きにボールを受ける形になり、もし普通に受けたら背後から迫ってきたズーレに潰されていただろう。だが三笘はフェイントを入れてズーレの足を止めさせると、そのまま中へドリブルを開始。相手を計4人引きつけたうえで、右CBの板倉へパスを出した。


 このとき三笘に引きつけられてかわされたハフェルツは、板倉へパスが出された瞬間に下を向いて「2度追い」をしなかった。三笘のドリブルが相手の心を挫いた。


 それによって完全にフリーになった板倉は15メートルほど前方へドリブルし、右の伊東へのパスコースを切っていたニャブリを釣り出すことに成功する。



伊東のスルーパスは失敗、だが、こぼれ球をつなぎ直し逆サイドへ


 板倉が右ライン際の伊東へパスを出すと、ラウムのアプローチが遅れ、伊東はほぼ前向きにボールを受けることができた。


 伊東は中央に向かって真横にドリブルすると、キミッヒにボールを奪われそうになったものの球際で勝利して抜き去り、裏へ走った堂安へのスルーパスを狙った。


 惜しくもスルーパスはシュロッターベックに跳ね返されたが、こぼれ球は再び伊東のもとへ。伊東が遠藤にパスを出し、遠藤が前方の鎌田にボールを当てると、鎌田はワンタッチで吉田に戻した。


 吉田はワンタッチで冨安にパス。冨安はワントラップするとすぐさま左サイドの高い位置を取っていた三笘にパスを送り込んだ。サイドチェンジを繰り返したため、三笘は完全にフリーになっていた。



快進撃の口火となった歴史的な一撃は1点ビハインドでの遅攻から


 ここから一気に攻撃のスピードが上がる。


 三笘は得意のゆっくりとしたリズムでボールを運んで対面するズーレに近づくと、裏に飛び出した南野へパス。リュディガーが接近したが、南野は迷わず左足を振り抜く。浅野がファーサイドに飛び込んだためGKノイアーは中央に弾かざるをえず、走り込んだ堂安がこぼれ球をゴールネットに豪快に突き刺した。


 このゴールから日本の快進撃が始まったことは、今さら説明する必要はないだろう。


 特筆すべきは、この歴史的同点弾が自陣深くからのビルドアップ、いわゆる「遅攻」から創出されたことである。


 ドイツのシュピーゲル誌が「計算されたカミカゼ」と表現したように、後半の日本の逆転劇はリスクを負ったハイプレスと前方に重心を置いた3バックによるものと分析されているだろう。もちろんその見立ては正しい。



強豪クラブを思い起こさせるような連携でドイツを翻弄


 ただ同時に見落としてはいけないのは、同点弾はまるでマンチェスター・シティやアーセナルかのような華麗なビルドアップによって生み出されたものであることだ。


 冨安の迅速な斜めのパス、三笘のフェイント、伊東の推進力、鎌田のさりげないサポート、そのバッググラウンドで行われていた堂安と浅野の裏抜け。すべてが合わさって、ドイツのプレスを翻弄した。


 ゴールが決まるまでのボールの軌跡を追うと、右サイド→左サイド→右サイド→左サイドという感じで3回もサイドを変えた。三笘が前を向いて得意な形でボールを受けられたのは、それまでのプロセスで相手の目線を惑わせていたからだ。



勇気が必要なビルドアップに日本サッカーの未来がかかっている


 個人的にはこの「38秒間」に大きな可能性を感じた。これこそテクニカルな日本人選手の特徴が最大限発揮される形ではないか。もしこういう攻撃を意図して創り出せたらFIFAワールドカップ優勝も夢ではないと。


 日本は決勝トーナメント1回戦のクロアチア戦で前半に先制したものの、後半は立ち上がりにミスが出たためロングボールを蹴るようになり、ドイツ戦で見せたような「計算されたビルドアップ」を実行できなかった。


 ビルドアップはミスが失点に直結するため、メンタル面の影響を受けやすい。少しでも弱気になると歯車が噛み合わなくなる。クロアチア戦の最大の敗因は、PK戦のキッカー選出方法ではなく、勇気を欠いてしまったことにあるだろう。


 しかし、ドイツ戦で追い込まれたときには「計算されたビルドアップ」を実行できたのだ。今の日本代表の選手たちのポテンシャルならば、FIFAワールドカップ2026に向けてそこに挑戦すべきではないだろうか。偶然に頼ったサッカーではベスト8の壁は破れない。


 「ドーハの38秒」に日本サッカーの未来がある。(文・木崎伸也)


写真提供:getty images

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木崎伸也

木崎伸也

1975年1月3日、東京都生まれ。中央大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程修了後、2002年夏にオランダに移住、翌年からドイツを拠点に日本人サッカー選手を中心とした取材を行う。2009年に帰国した後も精力的に活動し『Number』『週刊東洋経済』『週刊サッカーダイジェスト』『サッカー批評』『フットボールサミット』などに寄稿、著書に『サッカーの見方は1日で変えられる』(東洋経済新報社)、『クライフ哲学ノススメ 試合の流れを読む14の鉄則』(サッカー小僧新書)などがある。近年は小説『アイム・ブルー』の執筆や漫画の原作、2018年10月よりサッカーカンボジア代表のスタッフ等、活動の場を広げている。

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