W杯の歴史を変えたのは観客の力だった。
12月10日、モロッコは準々決勝でポルトガルを1対0で破り、アフリカ勢として初のW杯ベスト4進出を成し遂げた。アラブ諸国としても初の快挙である。
アフリカン、アラビアンパワーを背に受けて
スタジアムではモロッコの人たちだけでなく、地元カタール、エジプト、サウジアラビアなど多くの近隣国の人たちがモロッコを応援し、ポルトガルがボールを持つたびにブーイングを浴びせ、モロッコがボールを持つたびに歓声をあげた。
試合後の会見で、レグラギ監督はこう感謝を述べた。
「アフリカの人たち、アラブの人たちが、試合中にエネルギーを与え続けてくれた」
まさに観客とともに掴んだ栄光である。
ただし、モロッコの快進撃の背景にあるのは、当然ながらそういうメンタル面の勢いだけではない。現代サッカーのお手本とも言えるような緻密な戦術がある。
今大会最強の守備力
まずモロッコの守備は、極めてコンパクトだ。守備時は4−1−4−1のブロックを組んで、縦方向は約20メートルに維持。ライン間にほとんど隙間がなく、たとえ相手がそこにパスを通したとしても、一瞬で囲い込んでボールを奪い返してしまう。
特徴的なのはボールを追いすぎないことだ。
1トップのエンネシリが相手アンカーを背中で消しつつ、相手センターバックがボールを持つとインサイドハーフ(ウナヒ、もしくはアマラー)が2列目から飛び出して圧力をかける。
だが、そこで奪おうとしゃかりきになのるではなく、あくまで敵を自由にさせないのが目的で、その相手が他の選手にパスを出したらインサイドハーフは素早くバックステップで元の位置に戻る。
出ては戻り、戻っては出る。それによってボールへの圧力と隙間のない陣形を両立している。ただ単にブロックを作って守るチームではない。
モロッコはこれまで5試合を戦って、失点はカナダ戦の1失点のみ。今大会最強の守備だ。
クリアに逃げない勇気あるビルドアップ
そして何より突出しているのが、攻撃時の勇気あふれるビルドアップだ。
守備で強固なブロックを志向するチームは、攻撃ではロングボールを蹴ってこぼれ球からチャンスを期待する「消極的な戦い方」になってしまう場合が多い。クロアチア戦の後半以降の日本は、まさにその状態になってしまった。
だが、モロッコは「弱者のサッカー」の罠には陥らない。簡単にはクリアに逃げず、強気なショートパスによって相手のプレスをかわそうとするのだ。
たとえばポルトガル戦の前半10分、モロッコが自陣深くでこぼれ球を拾うと、ポルトガルが猛然とゲーゲンプレッシング(切り替え時のプレス)をかけてきた。
それでもモロッコの選手はロングパスに逃げない。自陣深くにもかかわらず右インサイドハーフのウナヒが右サイドバックのハキミとのワンツーで相手3人を抜き去り、左ウイングのツィエクがアンカーのアムラバトへ横パス。これによって完全にプレスの網をかいくぐった。モロッコは左サイドにボールを展開し、一気にペナルティエリアに迫ることに成功した。
ショートパスとドリブルを掛け算したアタック
強気のビルドアップにおいて、絶大な効果を発揮しているのがドリブルである。
その筆頭が昨季フランス1部のアンジェに移籍した22歳のウナヒで、どんなに密集していてもドリブルを恐れない。日本の選手でたとえると、三笘薫がインサイドハーフにいるような感じだ。
ウナヒだけでなく、左ウイングのブファル、そして両サイドバックのハキミとアティヤト・アラー(負傷欠場のマズラウィの代役)もぐいぐいドリブルを仕掛ける。
ショートパス×ドリブル。この「強気な攻撃の掛け算」こそが、モロッコ快進撃の最大の理由だ。
日本も学ぶべきモロッコの勇気と現代的戦術
こういう現代的な守備と攻撃が融合したのが、ポルトガル戦の決勝点だった。前半42分、実に15本ものパスがつながってゴールが生まれる。
高いDFラインによってジョアン・フェリックスの飛び出しをオフサイドにしたところから、この得点シーンは始まった。
右サイドバックのハキミがサイドチェンジのパスを出し、左サイドバックのアティヤト・アラーがドリブルで前へ。ポルトガルの陣形を一気に後方に押し下げることに成功する。
モロッコはバックパスでボールを後方に戻し、GKブヌを使ったつなぎで敵を左右に揺さぶり、相手センターFWのゴンサロ・ラモスが追うのを諦めたところでアンカーのアムラバトが中央に縦パスを突き刺した。
そこからウナヒが弧を描くように中央から右サイドへドリブルを開始して相手を引きつける。ツィエクがパスを受け、左へサイドチェンジのパスを出した。完全にポルトガルは揺さぶられた。
するとウナヒが再びボールに近づいていき、アマラーとのワンツーで左ハーフスペースを突破。アティヤト・アラーがクロスを上げ、最後は身長188cmのエンネシリがヘディングで叩き込んで歴史を塗り替える攻撃を完結させた。
試合後、スペイン戦に続いてレグラギ監督が、選手たちによって胴上げされた。スペインとのPK戦後、監督が胴上げされたのを見たときには「一喜一憂しすぎでは?」と思ったが、モロッコにそんな心配は不要らしい。逆に今のモロッコは喜びによってさらに勢いを増しているように見える。
モロッコは1986年大会でベスト16に進んだのがW杯最高成績だったが、ベスト8どころか、ベスト4の壁までをも一気に突き破った。
勇気と現代的戦術が融合したモロッコは、日本にとってもたくさんの学びを得られるチームである。(文・木崎伸也)
FIFA ワールドカップ 2022 - 準々決勝 モロッコ 1-0 ポルトガル
【得点者】
ユセフ・エン・ネシリ(モロッコ) 前半42分
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11月20日に開幕したFIFAワールドカップ カタール2022も激闘に次ぐ激闘の末、優勝を目指すチームは8つに絞られた。22回目となる今大会は史上初めて中東での冬季開催、1試合の交代枠が5人、登録選手も各チーム26人とルール変更もあり、判定にも半自動オフサイドテクノロジーが導入される等、これまでのFIFAワールドカップとの違いを感じさせるものとなっている。
日本代表はFIFAワールドカップ フランス 1998から7大会連続7度目の出場となった。これまで2002、2010、2018とベスト16に3度進出、初のベスト8という目標を掲げて挑んだ今大会、過去最高に厳しいグループステージとなったが、優勝経験国であるドイツ、スペインを撃破、世界を震撼させての1位通過を決めた。決勝トーナメント1回戦で前大会準優勝のクロアチアと対戦、PK戦にもつれ込む接戦となったが、惜しくも敗退となってしまった。
◇決勝トーナメント ラウンド8(全て日本時間)
12/10(土) 0:00 クロアチア VS ブラジル
12/10(土) 4:00 オランダ VS アルゼンチン
12/11(日) 0:00 モロッコ VS ポルトガル
12/11(日) 4:00 イングランド VS フランス